2005年10月12日
支援金の支給
被災者生活再建支援制度で支援金が支給された主な台風は以下の通りです。
平成11年台風18号・・熊本県全域、山口県の10市町、愛知県の豊橋市、福岡県の北九州市。
支給世帯数は合計で238世帯で合計支給額は約1億8千万円。
平成13年台風16号・・・高知県土佐清水市・大月町、沖縄県沖縄市・渡名喜村。
支給世帯数は合計で40世帯、合計支払支給額は約3千万円。
この他に平成16年の台風15号、16号、18号、21号、22号、23号の被災した一部の市町村に法適用されています。(申請期間中含)
この法の適応目安として、平成16年から自然災害による全壊家屋が市町村で5世帯以上発生した場合と定めています。また、半壊家屋にもその規模が大きかった場合などに適応します。
投稿者 ootsuka : 13:41 | コメント (0)
生活再建法
平成10年に議員立法で成立された「被災者生活再建法」は平成16年の政府予算案において改正されました。
改正された内容は支援金支給限度額を100万円から300万円まで引き上げるというものと、各都道府県が拠出した運用資金を取り崩し可能なものにするというものです。
この法の目的は、自然災害によって生活基盤に著しい損害を受けた者・経済的理由等に拠り自立再建が困難な者に都道府県が相互扶助の観点でその自立への援助をするというものです。
この法適応には様々な要条件がありますが、適応された場合の具体的な支給限度額は以下の通りです。
全壊家屋の再建・新築・・・200万円が上限 大規模半壊家屋の補修・・・100万円が上限
賃借入居者・・・50万円が上限
また長期の避難世帯には避難解除後必要となる移転費等の上限は70万円になります。
投稿者 ootsuka : 13:10 | コメント (0)
復興のとりくみ
2000年の鳥取地震発生後、被災地区である県・市町村が独自に対策を打ち出しました。
全国でも異例のこの対策は、住宅復興補助事業を展開させるというものです。
(内容)
建替え・・・最高300万円を補助
補修・・・最高150万円を補助
年間で12818件の申請が地域住民から出されました。
この対策は地域の過疎化を回避する為に打ち出された対策で、功を奏し、過疎化の波は打ち消すことができましたが、県・市町村の負担は大きく、様々なかたちで必要経費が節約されるという影の努力が成されたようです。
投稿者 ootsuka : 12:28 | コメント (0)
統計基準
日本では、日本で決められた日本標準値という値で統計をとっています。
日本の海岸線から300km以内に台風が侵入した場合、日本標準基準では「台風が日本に接近した。」
と、台風の中心が九州・四国・本州・北海道の海岸線に到達したことを、「台風が日本に上陸した。」と表現することが定められています。現在では気象官署からの距離で算出することになっています。
また、沖縄本島などの小規模な島では、上陸時間が短かく、そのまま海上へ抜けていくことが普通です。
その場合には、「台風が通過した。」という表現をします。
投稿者 ootsuka : 09:59 | コメント (0)
呼び名
熱帯低気圧が日本付近に近づくと台風と呼ばれます。
しかし、その発生地によって、その呼ばれ方は変化します。
台風・・・北西太平洋海域で発生した熱帯低気圧。
サイクロン・・・ベンガル湾・アラビア湾海域で発生した熱帯低気圧。
ハリケーン・・・北大西洋・北東太平洋海域で発生した熱帯低気圧。
したがって、台風もサイクロンもハリケーンも同じ熱帯低気圧ということになります。
投稿者 ootsuka : 09:09 | コメント (0)
強さの観測
1987年以前、台風観測の方式は、飛行機による直接観測でした。
これは、気象関係者が飛行機に乗り、台風の中心を直接観測するというものでしたが、1987年の台風11号を最後に行われなくなりました。
(ドボラック法)
以前の飛行観測に成り代わり、登場したのがドボラック法という法式です。
これは、気象衛星が撮影した画像をもとに台風を分類、大きさ・湿度・発達・衰弱具合を思慮しながら中心気圧・中心部分の風の強弱を推定判定していくものです。
しかし、観測が難しい海上観測では有効ですが、陸上観測との誤差も見受けられます。
その場合は、台風通過後の事後解析にて、修正がなされることになります。
投稿者 ootsuka : 08:37 | コメント (0)
進路予想
テレビの天気コーナーなどでよく見られる進路予想図は、どのような根拠で予想されているのでしょうか。
気象庁にはスーパーコンピューターがあります。
天気予報ではこのコンピューターで、世界中の気温・気圧・風向き・風速などの気象データを物理方程式を用いて計算するわけです。
この予報方式を数値予報といいますが、台風の場合、発生し、進んでいく方向は殆どの場合、海上中心となります。このため、気象データの入手が困難なのです。
そこで、進路予想の場合、過去の類似データを入手してスーパーコンピューターで計算する方式が取られています。この方式を「ボーガス法 (Bogus)」とよんでいます。(直訳すると「偽の」という形容詞になります。)この方式を用いて計算された進路予想は気象庁によって発表されます。
投稿者 ootsuka : 08:00 | コメント (0)
台風の変体
「台風が温帯低気圧になって・・」
テレビ等の天気予報などでしばしば耳にする様子です。
温帯低気圧とは、暖かい空気と冷たい空気が渦巻きながら混ざり合う現象です。
台風はもともと温帯で発生していますので、その空気はとても暖かいのです。
その台風が日本上陸・付近で進んでいくコースは、北上していくことが多いのです。
このときに冷たい空気を巻き込んだ台風は、その構造を変化させ、温帯低気圧へと変体するのです。
構造を変化させ、変体を遂げたといえども、そのエネルギー自体が弱まるわけではありません。
逆に強風や大雨を引き起こす原因になることもあるので警戒を弱めず注意しましょう。
投稿者 ootsuka : 07:35 | コメント (0)
危険半円
台風の半径の左右は、風の強さが違うことが知られています。
(危険半円)
台風は中心に向かい、反時計回りに風を吹き込ませながら回転しています。
したがって、台風の半円右側部分は回転時に巻き込んだ風と進行方向が重なります。
その風の力は強くなり「危険な状態」となることでこのようによばれています。
(可航半円)
台風の半円左側部分はその進行方向と逆向きになっています。
その運動で風は相殺されてしまうので、その力は弱くなる傾向にあるといいます。
この様子を例え、「回航可能」という意でこのように呼ばれています。
投稿者 ootsuka : 06:40 | コメント (0)
2005年10月11日
都市型水害対策
平成13年11月、東京都都市型災害対策検討会がその最終報告・緊急提言を取り纏めました。
東海豪雨時では変電所・無線局の浸水によって停電・携帯電話の通信不調が発生し、住民のライフラインが麻痺されました。
このことをうけ、対策検討会の緊急提言では避難支援、水防活動、復旧活動等に必要な資機材・人員等に欠かせない道路に着目し、水害対策に重要かつ必要な交通機関の確保に努めています。
また、都市型水害の特徴的な被害場所である地下空間への水災対策として、地下の浸水経路・浸水形態の把握、氾濫・浸水時・避難・誘導の安全確保を目的とした現状点検を行っています。
併せて、地下街管理者等へ河川の情報をFAXにて提供しています。
投稿者 ootsuka : 19:41 | コメント (0)
都市型水害
近年、新宿や福岡市内で1時間の降雨量が100mmを超える集中豪雨によって、排水しきれなかった水が地階や地下室で浸水し、死者が発生しています。
(都市型水害の構造)
道路などの地表部、また地下室・地下街発達などの理由で、都市部ではアスファルトやコンクリートに覆われています。そのため雨水が地下に浸透せず、降水がそのまま一気に下水道や河川に流れ込む構造になっています。
(都市型水害にあった時の注意点)
地下室、地下街にいる時は外での様子がわかりにくく、地上が冠水すると一気に水が流れ込んだり、そのことによって電気設備系統が麻痺し、停電の恐れがあります。また、地下室などは浸水の恐れがあります。充分注意しましょう。
台風の目
強く回転運動をする物体は、中心部から外側へ向かう力が働いています。
台風の場合、それに風が吹き込み、内側へ侵入するほどその早さを増し、その力で外側に引っ張られる力も同時に強くなります。
これは、遠心力が働いているからです。
また、この運動が続くとある時間帯でその風は外側の力が強くなり、侵入を阻まれてしまうことになります。
このときの風の侵入を阻んでいる部分が台風の目の部分になるわけです。台風の目の地域は穏やかな良い天気になるのはこのためです。
このことにより、台風の目が小さく、縮んで見えるときは、その力が大きく働いていることを意味し、勢力が強い台風ということがいえます。
投稿者 ootsuka : 18:23 | コメント (0)
津波
津波によって被害を受けた時、その損害を保障してくれる保険はあるのでしょうか。
(地震保険)
地震保険では津波による損害をカバーしてくれます。(その他地震・噴火など)
火災・損壊・埋没・流失された場合に限ります。
地震保険は火災保険に付帯するものになっているので、単独での契約は出来ません。
また、警戒宣言発令後は契約できないことになっていますので、注意してください。
(傷害保険)
津波(または地震・噴火)によって受けた、けが等を保障してくれます。
通常の傷害保険では保障されないこともありますので、各保険会社に確認することが必要になります。
保険会社によって、積み立て式のもの、家族を総合的に保障するものなどもあります。
投稿者 ootsuka : 16:54 | コメント (0)
被害 農・漁業
津波発生時では、様々な被害が発生します。
中でも特に深刻な被害になる業種の被害想定は以下になります。
(漁業)
津波来襲時では、養殖漁業に致命的な被害をもたらします。
主な養殖・・・海苔・ワカメ・牡蠣・雲丹・あわび・ほたて・真珠
また、遠浅漁業の漁船などが流出、破損したりします。
(農業)
内陸まで津波が来襲すると、農作物・田畑が浸水し農業にも致命的な被害をもたらします。
また、農業機械がその被害に遭うとその後の復興作業もままなりません。
三陸沖地震では現在の機械に変わる牛・馬が津波によって死亡し、甚大な被害を出しました。
投稿者 ootsuka : 16:27 | コメント (0)
被害 ライフライン
(家屋)
木造家屋は1mの浸水で半壊、2mの浸水で全壊になると言われています。(最近の家屋は1階部分だけが破壊される例もあり。)
鉄骨や鉄筋の建造物は大部分が残ります。
しかし押し寄せる波は基より、引いていく波の破壊力は激甚なものといえます。
(道路、その他)
橋桁の流失・家屋の倒壊による交通網の封鎖、電線、電話線の切断。備蓄燃料の流出など。
津波の場合、地震による被害も併せ持ち、あらゆるライフラインが断絶されることが予想されます。
北海道南西沖地震での津波発生直後は正にこの上記の状態になり、家屋、道路・その他の被害の他に、地域の情報が外へ全く発信することができませんでした。
投稿者 ootsuka : 15:46 | コメント (0)
被害 人命
津波に対する研究・対策が不十分だった昔、日本での津波の歴史は甚大な人命犠牲とともにあります。
1771年八重山群島に来襲した津波では11741人、1792年の島原湾では15030人、1896年の明治三陸地震津波では3県の述べで22000人、1933年の昭和三陸地震津波では3008人がその命を落としています。記録では小さな漁村が津波に襲われ、村自体が壊滅的な被害を受け、その人口回復までに長い年月を要したことが記されています。
また、記憶に新しい1993年の北海道南西地震でも数多くの人命が犠牲になっています。
溺死が最も多い死因ですが、漂流物に致命傷を受けるほどの接触や、倒壊家屋の下敷きになったというのも以外に多いのです。
三陸地震を受けた三陸海岸では、津波来襲の際、金品・物品執着することを戒める言い伝えが残されています。避難時の行動も人命犠牲の数を増減させる要因であるといえそうです。
投稿者 ootsuka : 15:21 | コメント (0)
荒川
荒川全流域の人口密度は全国の一級水系のなかで最も高く、仮に荒川の堤防が破堤すると、首都円の全ての機能が麻痺・停止し、住民は基より国家的規模の甚大な被害に発展すると危惧されています。
そのため、さまざまな角度から総合的に治水事業を進めています。
荒川の治水計画は昭和22年のカスリーン台風来襲時、その計画を上回る洪水に見舞われました。
その後も再三の被害をだしてきましたが、昭和48年に計画を全面的に改訂し、充分な川積を確保しました。
また、昭和34年の伊勢湾台風をうけ、「東京湾高潮対策計画」に沿い、高潮堤を施工しました。
現在では、津波の原因である地震対策として、光ファイバーを荒川の両岸60kmに敷設し、地域住民へ流域情報の発信に役立てるよう、その整備を進めています。
投稿者 ootsuka : 13:27 | コメント (0)
降水確率
テレビなどの天気予報で降水確率と言う語は慣例句と言って良いでしょう。
では、降水確率とはどのようなことを指すのでしょうか。
降水確率は0〜100%で表記され、10%ごと11段階に分割され発表されるのが通例です。
よって、100%と発表されたら、95%以上という見解になり、降水しない地区も現れるということになります。
降水確率はその確率を予報するということです。
予測の仕方は過去に同じ様な気象条件、気圧配置のデータを気象庁のスーパーコンピューターが分析し、その確率を出します。30%であれば、10回中3回がこの気象条件で雨が降ったということになります。
また、降水量、その連続性、雨がやむ時間帯などはこれには含まれません。
投稿者 ootsuka : 11:20 | コメント (0)
レーダーアメダス
気象レーダーが電波を放出、そのエコーで雨や雪の降水の強弱を推定するシステムです。
このレーダーに拠り、広域の降水量の情報を細部的・連続的に入手することできます。
また2〜3時間先の降雨量予報にも用いられるため、注意報や警報発令時にその力を発揮します。
アメダス観測による降水量データの制度は良好ですが、その観測範囲が狭い為、レーダーを用いたこの観測方法と併用することで、狭域での集中豪雨のデータなどがより正確に観測できます。
レーダーによる繊細な情報、アメダスによる正確な降水量観測。
レーダーアメダス解析雨量図とは、この2つの長所を組み合わせたものとなっています。
投稿者 ootsuka : 10:58 | コメント (0)
アメダス
地域気象観測システム(Automated Meteorological Data Acquisition System)の略。
全国に約1300ヶ所に設置されていて降水量・気温・風・風向き・風速・日照・雪・積雪深を自動観測しています。
(アメダス日照)
日本の各地域の天気を確認することができます。
また雨の原因になった雲を特定・観察することも出来ます。
日照時間に観測することが基本としているので、夜間の観測には不向きです。
(アメダス風)
アメダスのうち風速計を整備(1300中、800)しているアメダスが各地の過去1年間のの記録をもとにデータ解析し、記録しています。(平均風向き、風速など)
投稿者 ootsuka : 10:35 | コメント (0)
風 用語
風速・・・10分平均風速を指す。(毎秒○.○m、又は○.○m/s)
最大風速・・・10分間平均風速の最大の値。
最大瞬間風速・・・瞬間風速の最大の値。
風圧・・・風から受ける力。風向きが垂直だった場合、平板状態では風速の2乗とされている。またその他のものについてはその形状によって異なる。
乱気流・・・山岳地帯や積乱雲によって引き起こされることが多い。飛行機が飛行中に揺れを与える状態を指す。大気中の乱れた流れ。
竜巻・・・大きな積乱雲が地上に向かって激しい渦巻きを伴って垂れ下がり、発生場所に拠り様々なものを巻き上げる。海上で発生した場合、水柱を創り上げる。
突風・・・別名ダウンバースト。積乱雲から吹き降ろす気流でその威力が爆発的なものを指す。
雄大積雲・塔状積雲でも発生。
投稿者 ootsuka : 08:45 | コメント (0)
波 用語
しけ・・・強風の影響をうけ、海上が荒れること。
波長・・・波から波の頂上(又は最低部)の長さ。
波高・・・波の頂上から1番低い部分までの高さ。
有義波高・・・最大の波から1/3の個数の波を平均した波高。
最大波高・・・最大の波。有義波高1000/1にその2倍近い高波が観測されることが多い。
高波・・・波浪注意報・警報発令の対象になる高波。
異常潮位・・・台風・地震など以外で海水面が昇降し、湾内・海において固有の振動が伴うもの。
また、その振動は数分〜10分程度の周期をもつ。あわせてこの現象は数日〜10数日持続する。
原因が多岐にわたり、予測が困難とされている。
投稿者 ootsuka : 08:08 | コメント (0)
洪水 用語
流量・・・河川の指定された場所で流れる水の量。 出水・・・大雨・融雪により水かさが増えること。
溢水・・・河川の水が堤防から溢れること。 浸水・・・増水の為、水が陸地に浸入し、物が水に浸ること。
冠水・・・田畑・農作物が水を被ること 氾濫・・・河川が溢れでること。
水位・・・河川の水面だか。 平常水位・・・増水・渇水など異常時ではない時の河川水面だか。
指定水位・・・出水が発生した時、毎時観測を始める水面だか。
通報水位・・・出水が発生した時、通報を開始する水面だか。
警戒水位・・・出水発生時、災害発生が危惧、予想される水面だか。注意報を発令する目安。
計画高水位・・・堤防施工の際などに耐水水位の最高基準として指定される水位。洪水警報発令の目安。
融雪洪水・・・積雪が雨や気温の上昇に伴って解け、引き起こされる洪水のこと。
投稿者 ootsuka : 07:18 | コメント (0)
2005年10月10日
消毒法・・井戸水
汚染された井戸水は水質検査後に飲用可能になるまで飲まないほうが良いですが、上水道の断水などでやむを得ず使用する場合があります。そんな時有効な消毒法です。
次亜塩素酸ナトリウム
10%製品を使用する場合、本剤2mlに水を加えて1リットルにします。(次亜塩素酸ナトリウムの濃度が0.02%になるように希釈します。いろいろな濃度の製品が販売していますので注意が必要です。)
先ず、沸騰させてから用いてください。また、消毒液を使用する場合は、くみ取った水に1〜2ppm濃度に調整した消毒液を入れ、30分以上放置してから飲用してください。
消毒法・・手指
後片付けなどで汚染された個所や土に触れた時に有効な消毒法です。
逆性石けん
塩化ベンザルコニウム(または塩化ベンゼトニウム)として0.1%の濃度になるよう希釈します。例えば10%製品の場合、本剤10mlに水を加えて1リットルにします。いろいろな濃度のものが市販されていますので、注意が必要です。
汚れを石けんで洗った後、流水で石けんを落としてください。このとき、石けんが残っていると殺菌力が低下します。必ずよく洗い流してください。そして洗面器などに入れた逆性石けんに、手首まで浸し、30秒以上もみ洗いをしてください。そして乾いたタオルなどでよく拭取ってください。
消毒法・・食器類
不衛生な状態が続いた後、食器を使用する前に有効な消毒法です。
次亜硫酸ナトリウム
例えば10%製品を使用する場合、水1リットルにつき1滴加えてください。(残留塩素として2ppmの濃度に調整します。いろいろな濃度の製品が市販されているので注意が必要です。)食器を水洗いした後、消毒液に5分以上浸してください。その後、自然乾燥させてください。
避難生活1週間〜
大地震が発生し、避難生活を余儀なく送る際、被災者の要望が日々変化します。
避難生活1週間目・・・電気通電復活(TVによって情報が収集できる。)、給水車両の充実、商店の開店(品薄。)、自炊が可能、避難所内で自治会ができ、助け合いの活動が開始される、高齢者などが通院困難を訴える(個別援助の声が高まる。)
避難生活10日目・・・交通網回復に。遠方への買出し可能となるが、高齢者などは難しい。銭湯がオープンされるが人々が殺到し長い時間がかかる、市町村役場などでり災証明の発行が始まり、長蛇の列に。高齢者などから手続き代行の要請の声が高まる。
以上のことから、行政機関には福祉に関する膨大な業務、また日々変化が発生すると予測され、その対応には柔軟な姿勢が必要とされています。
投稿者 ootsuka : 17:40 | コメント (0)
消毒法・・屋内
浸水で汚水に浸かった壁面や床、家財道具に有効な消毒法です。
逆性石けん
塩化ベンザルコニウム(または塩化ベンゼトニウム)を0.1%の濃度になるように希釈します。例えば10%製品の場合、本剤10mlに水を加えて1リットルとします。
いろいろな濃度のものが市販されていますので、注意して希釈してください。
屋内では泥など汚れを洗い流すか、雑巾などで水拭きしてから逆行石けんなどで浸した布などでよく拭いてください。噴霧器で噴霧する場合は濡れる程度に噴霧した後、風通しをよくして充分乾燥させてください。
避難生活1〜4日目
大地震が発生し、避難生活を送る際、被災者の要望が日々変化します。尚、以下の状況はレベルA級の被害状況、また時期を冬と想定したものです。
避難生活初日・・・食糧・飲料水が足りない、着衣・日用的生活品の足りない(オムツなど)。
避難生活2日目・・・食糧不足(おにぎり程度が提供される。)、温かい汁物が食べたい。眼鏡が必要、オムツが足りない、トイレが満杯(生活用水の不足)、情報収集・発信が出来ない(知り合いの安否確認)、飲料用給水車が出動を開始。
避難生活3日目・4日目・・・(救援物資が到着し、日用的日用品が配給される。)温かい汁物、野菜・果物が欲しい、洗濯が出来ずたまる一方、入浴したい、半壊の自宅から必要な物を出して欲しい、在宅高齢者家庭への救援物資配給が見落とされる、児童・高齢者などから遠方の親戚への疎開の手伝いの要請がある。
投稿者 ootsuka : 17:02 | コメント (0)
発生時 特徴
阪神・淡路大震災では多くの被害者を生み出しました。
その中で、留意すべきは犠牲者の約半数が60歳以上の高齢者ということです。
障害者・児童に関る福祉施設が崩壊し、障害者・児童達にもその被害は及びました。
(乳幼児を抱える世帯や母子・父子世帯、透析患者・内部障害等患者、コミュニケーションにハンディをもつ外国人なども災害弱者に含みます。)
以上のことに拠り、大地震発生時に災害弱者に被害が集中します。
また、ライフライン等が途絶します。
通信網の途絶により情報収集や発信ができなくなり、電気・水道・ガスの供給が停止されます。
交通網も遮断されて生活物資の供給が止まります。
そして被災者のニーズもその時間や対象者によって変化することも災害時の特徴です。
投稿者 ootsuka : 16:27 | コメント (0)
消毒法・・屋外
し尿層や下水が溢れた場合や動物の死骸や腐乱物が漂着した場所や氾濫した汚水が付着した壁面や乾燥しにくい床下などに有効な消毒法です。
クレゾール石けん水・・・クレゾール石けん液30mlに水を加えて1リットルにします。 (液が濁って沈殿物が出てきた場合は上澄みを使用しましょう。)
オルソ剤 ・・・オルソ剤20mlに水を加えて1リットルにします。
家屋の周りには、じょうろや噴霧器で、壁面は泥などの汚れを水で落とし、消毒液をひたした布などでよく拭いて、どちらの場合も濡れる程度に散布・噴霧しましょう。オルソ剤は殺ウジ剤として優れていますが、残効性がないため、週1〜2回の散布が必要になります。
雨漏り
「大雨によって、雨漏りが生じ、室内が水浸しになった。」という話はよく耳にすることです。
しかし、この雨漏りの場合、残念ながら原則として保険の適応は認められないこともあるのです。
マンションなどの住宅で、水災害で保険金が出るのは水災害を担保とする保険契約に順ずる場合に限られ、建築物の共用部分を建て直すのにかかる費用の30パーセント以上が水災害で損害を被った場合にのみ支払われるのです。
したがって、共用部分と見なされない雨漏りについてはその補償はなされないということになります。
一方、床上浸水では、その被害に応じ保険金が下りることになっています。しかし、保険によっては免責金額が設定されていたり、その上限設定がされていたりすることもあるのでよく確認しましょう。また床上浸水の場合でも共用部分のみの範囲になっていますので、壁紙や畳などに保障の必要性を感じるならばそれぞれに保険をかけておくのが得策でしょう。
投稿者 ootsuka : 15:11 | コメント (0)
消毒法・・注意事項
○薬品を取り扱う際には長袖、長ズボンを着用してメガネ、マスク、ゴム手袋をして皮膚や目にかからないよう、保護しましょう。
○皮膚についた場合は、大量の水と石けんでよく洗い流してください。
○目に入った場合は、水で15分以上洗い流して医師の診察を受けてください。
○使用する直前に希釈し、希釈する濃度を必ず守ってください。また、他の消毒液や洗剤などと混ぜたり、他の容器に移して保管したりしないでください。
○浄化槽に散布すると浄化微生物に影響を及ぼし、浄化作用がなくなることがありますので、散布はしないでください。
レジャーシート水防
○ レジャーシートとポリタンク
1. 10〜20リットルのポリタンクを用意します。
2. ポリタンクに水を入れます。
3. レジャーシートで巻き込み、連結して使用します。
○ レジャーシートとプランター
1. プランターを用意します。
2. 中に土を入れます。(中に入っていたらそのまま使用します。)
3. レジャーシートに巻き込み連結して使用します。
この他にも出入り口に長めの板を固定したり、市販されている吸水ゲル化材のシートを使用したり、事務用のロッカーやテーブル・畳等を用いた水防法がありますが、あくまでも水深の浅いことを想定した水防法です。状況を見極めて作業を行い、危険時には直ちに避難してください。
投稿者 ootsuka : 14:41 | コメント (0)
水防法 簡易例
○ 簡易水のう
1. 買い物ビニール袋、又は40リットル程度のゴミ袋を何枚か重ねる。
2. その中に容量の半分位の水を入れ、しっかり封締します。
3. 玄関などの出入り口に隙間なく並べる。
2段重ねはできません。水深10センチ程度が効果のある目安です。
また、この水のうをダンボール箱等に入れ、これを連結して使用すると強度が増し、中で積み上げることも可能です。
水深の浅いことを想定した水防法ですので、状況を見極め、危険時には早めに避難しましょう。
投稿者 ootsuka : 14:25 | コメント (0)
対策
水害は発生までの時間に猶予があり、備えや対応を講じることができます。
先ず、正しい知識を身に付けることで万全な事前的対策をしましょう。
住地の周りを散策し、水害危険が考えられる個所を事前にチェックすることも防災に繋がります。
また、各市町村位で洪水ハザードマップを作成・配布しているところもあります。
住地の各自治体に問い合わせてみるのもよいでしょう。
また、地区の人々と事前に協力体制を話し合うことも有効な手段です。
家族とは非常体制時の役割分担、連絡方法を確認しあいましょう。
尚、増水した水辺(小川・側溝・斜面・沢の出口その他)には不用意に近づくのは非常に危険です。
大雨時の外出はなるべく控え、外出していたら早急に家路につきましょう。
投稿者 ootsuka : 14:01 | コメント (0)
洪水ハザードマップ
洪水被害多発を受け、2005年7月1日から水防法の改定法が施行されました。
これは洪水ハザードマップの作成・公表を義務付けること等がその骨組みになっています。
改定後には洪水予報等の伝達方法や避難確保に必要な事項、また社会的弱者が利用している施設(保育園・障害者・老人施設など)の名称・所在地・避難確保などが盛り込まれています。
また、この法では、浸水想定区域の約2300市町村へこのハザードマップの作成義務を課せるほか、記載事項も拡充するよう求めています。
しかし、市町村の合併など、各地区の諸事情に拠り作成作業が阻まれるケースも多く、難航しているのが現状です。まだまだ発展途上の試みといえるでしょう。
投稿者 ootsuka : 13:35 | コメント (0)
避難の仕方
○ 靴は脱げにくく歩きやすい靴を履きましょう。(紐靴など)
○ 避難する人同士、ロープで体を繋ぎ避難しましょう。
○ 歩ける深さの目安
成人男性・・・約70センチメートル
成人女性・・・約50〜60センチメートル
これ以上水位がある場合、または子どもやお年寄りと避難する場合は無理な非難は避け、救護・救援を待ちましょう。
○ 冠水した場所は意外な浮遊物があることがあります。長い棒などで安全を確認しながら前進しましょう。
○ 子どもやお年よりの安全確保に努めましょう。
投稿者 ootsuka : 12:37 | コメント (0)
発光現象
1943年鳥取地震発生時、その体験者634人のうち半数に渉る316人が発光現象を目撃したと言われています。
(原因)
地震発生前、岩盤と岩盤がずれる時に発電し、その電気が発光すると言われています。
しかし、今だ明確には解明されてはいません。
(場所)
内陸部では二つの岩盤が存在しています。断層地震時に発生します。
(状態)
震源地、またはその付近で赤・青色などの光がスパークする状態を指します。
この現象については約70年前に発生した北伊豆地震で、その現象のスケッチが保存されています。
このスケッチには家の後方から赤い色が発光している様が描かれています。この発光後に死者250人をだす大地震が発生しました。
投稿者 ootsuka : 12:12 | コメント (0)
地震雲
地震雲には色々な種類があります。
蛇雲・・・蛇のようにとぐろを巻いた形で出現する雲のことです。
UFO雲・・・その形状が皿型のUFOににていることから付けられた名前です。
熊のジョン・・・その形状fが熊に似ていることから付けられました。この雲が発生すると、広域での地震が危惧されると言われています。
筋状雲・・・都市部では空港が近くにあるため、飛行機雲の発生が多発します。
関東では西から東へ筋状の地震雲が伸びます。これに平行し、飛行機雲も伸びていくことがあります。
相違点に注意した観測が重要ですが、飛行機雲が磁場の影響で地震雲へと変化することも考えられるとしています。
投稿者 ootsuka : 11:07 | コメント (0)
もや状雲・うなぎ雲
もや状雲
この雲は、光化学スモックと相似しています。
磁力線放出時、絹雲が集中発生するとその場所にはもやもやした雲が立ち込めて来ることがあります。
発生時期が夏だと猛暑になったりします。
またその磁力線の放出が停止し、もや雲が終日発生すると、正にその地区が震源地、または震源地に程なく近い地域と考えられています。
うなぎ雲
多量の水分を蓄積した磁力線の形態は太く、正にうなぎが空に浮遊しているように見えます。
またこの雲は一定の方向に向かい流れます。
この雲出現時には、比較的に大規模な地震が発生していると言われています。
投稿者 ootsuka : 10:47 | コメント (0)
竜雲・レンズ雲
竜雲
その形状が飛行機雲に相似しています。
しかし、飛行機雲は短時間で消滅するのに比べ、竜雲はすぐに消えることはありません。
その特徴として、色・太さ・本数などが長時間に渉って、変化を繰り返します。
またその発生は、地下のマントル力が強靭で、地震時に蓄積されていくエネルギーが大きくなり、磁力線の放出がそのことによって激しく、スピードを増進することと関係があるようです。
その時にその磁力線に吸い寄せられる力に反応して飛行機雲のように雲が伸びるということが原因として考えられています。
レンズ雲
磁力線の放出が停止、震源エネルギーの蓄積が起こったとき空中の雲が渦巻状になりレンズのような形態に見えることからそう呼ばれています。
投稿者 ootsuka : 10:21 | コメント (0)
絹雲・尾
絹雲
気象学者は低気圧の先端と見ているこの雲。
シルクの糸を青空に不規則に落としたような状態で現れます。
観察では磁力線放出時に現れるとしています。この雲発生時では気象の変化があると言われています。
尾(テール)
震源地の指標となる地震雲です。
絹雲は磁力線が磁場へと向かって磁力線に沿い、尾のように伸びて他の震源地の磁力線と引き合います。そして、この尾が長く直線状になると飛行機雲と見紛う形ともなります。
また非双極磁場では放出される磁場プラズマの一部であるといわれています。
投稿者 ootsuka : 09:54 | コメント (0)
地震雲と予知
地震は蓄積されたエネルギーの開放です。
この時の蓄積現象である地震雲によって、予知が出来るという説があります。
(時間) 月齢7.5歳〜15歳の満月、月齢22.5歳〜新月までの間に発生します。
あわせてこの時期に低・高気圧が出現・張り出しがあると地磁気が強まり、さらなる地震雲が出現します。
そしてその後の10日間の間に地震が発生する場合が多いのです。
(場所) 地震雲が延びていく方向に地震が発生します。
(規模) 大地震・・・地震雲が絶え間なく発生。雲の延びていく方向が一方向。異常な色彩を放つ。
小地震・・・地震雲の出現の間隔が長い時。
群発地震・・・地震雲が何日にも渡り出現した時。
投稿者 ootsuka : 09:25 | コメント (0)
前兆現象 井戸水
井戸の水位の増減による前兆現象を研究し、予知に成功したという例が中国で報告されています。
この研究では、中国の観測所51ヶ所で井戸の基本水位からの上昇・下降・色などの情報をを収集し、データ化するというものでした。
この研究の作業中に地下から耐え間なく噴出音のような音が聞こえ、「観測点から周囲何キロにも響き渡るほどの大きさだった。」とある研究者が報告しています。
また、この例の他にも多くの観測データがあるといいます。
これらの水位の増減現象のメカニズムは未だに解明されてはいませんが、地震によるエネルギーが蓄積される過程で発生すると結論付けている研究者も存在しています。
投稿者 ootsuka : 08:46 | コメント (0)
前兆現象 植物
草木が年に2回花を開く二度咲きという現象は、大地震の前兆と考えられています。
(磁気反応が優れているという植物)
イチョウ・ねむの木・おじぎ草
ねむの木の反応を調査するため、微弱電流を流し、磁気反応についての実験を行いました。
また、おじぎ草については、平常時でも触手するだけで葉を閉じるなどの反応をみせることが知られています。
これは、微電流に反応するということは、地震発生時に発生する電気にもなんらかの反応を見せているということと通じる、と考えられているのです。
文豪芥川龍之介は、関東大震災10日前、逗留先である鎌倉の宿で様々な草木が狂い咲きをしているのを目撃したといいます。
投稿者 ootsuka : 08:45 | コメント (0)
前兆現象 動物
地震の直前、不可解行動を起こす動物がいます。
○ 鳥・・・キジ・ハト・カラス・鶏・・
○ 哺乳類・・・犬・猫・豚・イタチ・鼠・・
○ 魚類・・・鯉・鮒・リュウグウツカイ・シギウナギ
ハトなど帰巣性のある鳥には脳内に磁石のようなものがあると言われています。
この磁石が地震発生前発生した電磁波によって狂わされ、方向感覚を無くす原因になるとされています。
また、深海魚であるリュウグウツカイや、シギウナギなどは、地震発生時に同時に発生する微電流を感じとり、そのために海面近くに浮上してくるとされ、その例が報告されています。
投稿者 ootsuka : 08:15 | コメント (0)
2005年10月09日
地震予知研究協議会
1978年に東京大学地震研究所に設置された機関です。
(建議)・・・地震予知ための新たな観測研究計画の推進について
この建議に拠り、各大学間で、各大学の地震予知研究の方針、観測計画、予算に関する調整をしています。
この協議会は政府と大学の窓口という役割も果たしています。
また、この協議会によって、大震発生時の緊急対応もなされています。
現在、その役割は各地域を分担。北海道・弘前・東北・東京・名古屋・京都・高知・九州・鹿児島大学によって運営されています。
投稿者 ootsuka : 17:01 | コメント (0)
地震予知連絡会
国土交通省の国土地理院に設置。
国立大学法人、独立法人の防災科学研究所・海洋研究開発機構・産業技術総合研究所、海上・気象庁、国土地理院から選出した30名の委員と若干名の臨時・名誉委員で構成。
会長にはその時代の地震予知研究の権威の地震学者が勤めています。
この機関は法律によって設置されているわけではありません。
地震研究者の情報交換がその主な目的とされます。
通常3ヶ月に1回の開催。
投稿者 ootsuka : 16:46 | コメント (0)
気象庁
国土交通省の外局です。
気象業務法に基づいた業務を行っています。
○地震観測を行います。
○マグニチュードや震度などの地震情報を発表しています。
地震火山部によって地震・津波・火山の観測・地震情報の発表を行っています。
また、気象庁が東海地震の予知のため、地震防災対策強化地域判定会を設置しています。
このことにより、もしも発生が予知された場合には速やかに内閣に報告し、内閣総理大臣が警戒宣言を発令する運びになっています。
投稿者 ootsuka : 16:34 | コメント (0)
中央防災会議
事務局は内閣府、内閣総理大臣を長としています。
災害対策基本法に基づいて設置されます。
この会議は、内閣総理大臣と全ての閣僚、指定公共機関長4名、学識経験者4名によって構成されます。
(業務内容)
○国の防災基本計画の策定、重要施策の決定
○大規模地震対策特別措置法に基づく東海地震地震防災対策強化地域の指定
○東南海・南海地震の特別措置法に基づく地震対策推進地域の指定
そのほか、火山災害や風水害の政策もしています。
投稿者 ootsuka : 16:15 | コメント (0)
地震調査研究推進本部
1995年、阪神・淡路大震災が発生しました。
その7月に制定された地震防災対策特別措置法に基づき、設置されました。
○発足当初、総理部に設置されていましたが文部省へ移管されました。
○本部の下に各官庁の幹部、地方自治体の長、学識経験者によって構成されている政策委員会、日本気象庁会参与が委員長を務める地震調査委員会があります。
この組織は地震に関する観測・測量・調査・研究を推進、また基本的な施策を立案するなどを目的としています。
この組織によって、全国に各1000点づつ強震計・高感度地震計・GPS連続観測点が整備・設置されました。
投稿者 ootsuka : 15:52 | コメント (0)
活断層・トラフ
近年中に大地震が起こりうる活断層、トラフは以下の通りです。
東海トラフ・相模トラフ・瀬戸内海西側〜日向灘にかけてのプレートの境界
与那国島周辺・千島海溝・三陸沖〜房総沖にかけてのプレートの境界
中央構造線・糸魚川、静岡構造線の中部・国府津、松田、神縄断層帯
宮城県沖地震を起こした断層・三浦半島断層郡・富士河川断層帯
阿寺断層帯・上町断層帯
この他にも日本にはいくつもの断層が存在しています。
しかし、断層の調査は困難なことが多く、その確率の幅も広域に渉ります。
投稿者 ootsuka : 14:45 | コメント (0)
宏観異常現象と予知
巷間で「なまずが暴れると地震が起こる。」とはよく言われる話です。
これを地震予知として実際に役立つものとするのは別な領域です。
このことを宏観異常現象とよんで、そのメカニズムを論証しようという試みがあります。
例えば地震雲についてですが、雲はそれ自体の発生メカニズムが気象状況により解明されており、そのため、地震との関連性に否定的な見解が多数派です。
気象庁の地震予知情報課も「占いと同レベル」と全否定しています。
中国で動物の異常行動を用いて直前の地震予知に成功し、被害の軽減に多大な貢献をした例が過去にありますが、その後に同じ方法での失敗例もあり、疑問符は取り除くことはできないでしょう。
投稿者 ootsuka : 14:10 | コメント (0)
観測方法
日本では電磁波予知研究が理化学研究所が先駆で、各大学40箇所ほどに観測点があり、そのデータの信憑性・信頼性には定評があります。
また、近年では大気イオンの濃度変化に着目した地震予知の研究が進められています。
一方でFM放送の電波を使った予知法ではその原理に疑問があり、予測も確実ではありません。
日本大学においては「夜光」という名の小型衛生の打ち上げを計画しています。
これは、地震の直前に発生するという「発光現象」を宇宙から捉えようとする意からです。
また東海大学などが様々な角度から考究しています。
投稿者 ootsuka : 13:42 | コメント (0)
東南海地震 予知
南海地震
南海トラフ(断層)の沈み込み
1. トラフに近い室戸岬・・・プレートの沈み込みに寄り、少しづつではありますが、平生沈み続けています。
それが地震発生に伴い一気に跳ね上がります。
2. トラフに遠い高知市・・・室戸の沈み込みによって、浮き上がり続けています。
これまでの地震の記録中、ほとんどの地震で1.2.の傾向は一定されて記されています。
よって、この傾向が止まった時に地震発生の時期が近いという可能性が指摘されるわけです。
東海地震
東海地震においては既に近い時期に発生するとされています。
様々な専門家や行政単位で、その体制・発令等の手順が明らかにされています。
投稿者 ootsuka : 13:20 | コメント (0)
地震予知
地殻にエネルギーが歪みとして堪り、憤激のごとく開放されるのが地震です。
地殻の歪みをデータ解析し、発生が近いかどうかを判断するのは可能と考えられています。
また、それに併せ方向や歪みの量などもそれぞれのデータを集積することも必要といえます。
これが今現在の地震学者などに認められている地震予知の概念です。
しかし、特定の断層に堪ったエネルギーは、いつ憤激するかの断定は容易いものではありません。
地震発生の時期を正確に予知することは現在のところ難しいといえるでしょう。
投稿者 ootsuka : 12:56 | コメント (0)
応急手当
直接圧迫止血法
1. 感染防止の為、必ずビニール・ゴム手袋で血液に触れないよう手を保護します。
もしも手元に手袋がない場合、スーパーのビニール買い物袋を利用しましょう。
2. 清潔な布を直接傷口にあて、血が止まるまで患部を強く圧迫します。
3. 大きな血管に損傷を起こし、片手での止血が不可能であれば、両手で体重をのせ、さらに圧迫止血しましょう。
止血帯法
手・足部分の血管損傷による大量出血、骨折で用いられる止血法。
1. 患部のより心臓に近い部分を長い布で固く結び、その結び目に棒などを差込み回転させて締め上げます。
2. なかなか止血せず、時間がかかる時は30分ごとに結び目を緩め血流を再開させます。
その際には必ず手当てを開始した時間の記録をとっておきましょう。
投稿者 ootsuka : 12:15 | コメント (0)
地震が発生したら
1. 先ず自分の身を守りましょう。
机やテーブルの下に隠れたり、ないときは座布団や本などで頭部を保護しましょう。
また、家族・家屋の安全を確認する時は、大声を出し、確認をしましょう。
焦燥に駆られ、外に飛び出すことは危険です。
2. 身の安全が確保されたら、揺れの合間を利用して脱出口の確保をしましょう。
ドアや、窓を少しあけることでも脱出の糸口になります。
3. 大地震の場合、自分の安全確保が最優先です。1.2.の後に火の元の始末をしましょう。
また、避難するときにはガスの元栓を閉め、電気のブレーカーも切っておくことが重要です。
4. 余震被害から身を守るため、揺れが収まった後も油断せず大きな家具などへの接近は避けましょう。また、家族の安全の再確認、様々な媒体からの正しい情報の入手をしましょう。
投稿者 ootsuka : 11:33 | コメント (0)
地震対策 持ち出し
阪神・淡路大震災の時に役に立ったといわれている物は以下の通りです。
○ 10円玉 ○ ドライシャンプー ○ ボディーシャンプー
○ ホイッスル(救助を必要とする時に活躍) ○ 携帯コンロ
○ ポリタンク ○ バール(救助時などに必要) ○ ブルーシート
○ 常備薬
他には、予備のめがねや補聴器など。
また、阪神・淡路大震災時には建物の崩壊などで道路に物が散乱し、交通網が麻痺しました。
そんな中、自転車が役立ったそうです。
投稿者 ootsuka : 09:14 | コメント (0)
地震対策 家族
地震はいつやってくるか判りません。
家族が離れている時に起こることも考えられるのです。
お互いの連絡場所や避難場所を事前に確認しあいましょう。
また、地域の自主防災組織の避難訓練などには積極的に参加することも大事な対策のひとつです。
この組織では、情報収集伝達体制が確立されています。
近所の人とコミニュケーションをとり、地域の避難場所、備蓄倉庫などを確認しましょう。
また非常時には給食・給水の窓口にもなります。
投稿者 ootsuka : 08:46 | コメント (0)
被害対策・家具
地震被害を最小限にするため、以下の対策をしましょう。
○寝室には大きな家具は設置しない。家具はなるべく纏めて一部屋に。
その際には、それぞれの家具を固定することが大事です。
たとえば市販のものを使用し、家具と天井を固定する時には天井の柱の部分を探し、固定の効く部分と家具を固定しましょう。
また家具に固定金具を取り付けるのも良いでしょう。
○和室の飾り鴨居や付け柱も大地震時には外れる可能性があります。
○前面ガラスの家具(食器棚など)には、フィルムを貼るなどしてガラス飛散防止対策をしておきましょう。
割れ物を収納している家具の開閉部分にフックなどを取り付けておきましょう。
家具を固定する時は、家具自体の配置には充分留意しましょう。
避難経路を確保することも大事な点です。
投稿者 ootsuka : 08:02 | コメント (0)
2005年10月08日
発生から衰弱まで
台風が発生してから、衰弱していくまで、大きく分けると、次のように4段階になります。
○ 発生期
赤道付近に多く発生する台風は、その海面水温が高いことで、上昇気流が発生しやすくなっています。
この気流により、次々と発生した積乱雲が纏積し、渦になり、その中心気圧が下がります。
そしてさらに発達を成し、中心付近の風速が17.2m/を超えると台風発生ということになります。
○ 発達期
発生期を終え、中心気圧が下がり、暖かい海面からの水蒸気を補給して発達していきます。
発達によって、その風速も急速に強くなります。
○ 最盛期
徐々に中心部分の風速は弱まります。しかし、暴風範囲は拡大されていきます。
○ 衰弱期
北から寒気の影響が加わると、勢力を失い、温帯低気圧になります。
また、この温帯低気圧になるとたとえ台風が遠方に存在していたとしても、甚大な被害へと導かれます。
投稿者 ootsuka : 22:06 | コメント (0)
雨の特性
台風は、積乱雲の集合体で、暴風と大雨を伴います。
また、広範囲、長時間にわたってその激しい雨を降らせます。
台風の中は、目の周りに、垂直に発達した積乱雲が壁のように取り巻いています。
目に近い積乱雲・・・雨が濃縮されているせいで、そこでは暴風雨が降っています。
外側200〜600キロ・・・帯状の降雨帯がいくつかあるため、連続的なにわか雨が発生。
これらの降雨帯は、台風の目の周りに渦を巻いて取り囲んでいます。
また、日本付近に前線が張り出してくると、台風の湿った空気が前線を活発化させ、さらなる大雨を呼び起す原因になっているのです。
投稿者 ootsuka : 17:10 | コメント (0)
コリオリの力
周知のとおり、地球は自転しています。
その回転座標上で何かが移動した時に、移動方向と垂直方向のその速度に比例した大きさで受ける慣性の力の中のひとつをいいます。
北極点上空・・・反時計回りに自転
南極点上空・・・時計回りに自転
上記のことにより、北半球では右向きに、南半球では左向きにコリオリの力が働いています。
台風が北半球で反時計回りになるのは、風が進むとき、コリオリの力の影響を受けている為だからです。
また、海流の流れの運動にも影響を与えています。
投稿者 ootsuka : 16:39 | コメント (0)
ラニーニャ現象
(語源)
スペイン語で「女の子」という意味。
エルニーニョ現象(幼子イエスキリストという意味)の真逆の現象から、安易に「anci・・(アンチ)」という語を使うのは源が悪いと米国の海洋学者フィランダーが1985年に提唱し命名しました。
(現象)
太平洋の日付変更線付近、赤道中央部から南米のペルー沿岸にかけての広範囲の海面水温が平年よりも0.5度低くくなり、その現象が半年間から1年半位続く現象をいいます。
また、この現象が起きると、日本では東・西日本では夏の気温が平年よりも高めになり、冬は低めとなる傾向があります。
投稿者 ootsuka : 15:58 | コメント (0)
エルニーニョ現象
(語源)
エルニーニョ・・・「幼子イエス・キリスト」。ペルー北部の漁民が、クリスマス時期に現れる小さい規模の暖流をこう呼びました。時がながれ、何時の間にか今の現象の呼び名に変化したようです。
(現象)
太平洋赤道域、日付変更線付近から南米ペルー沿岸にかけての公海域で、海面水温が平年に比べ0.5度高くなり、その状態が半年から1年半位続く現象。
数年に一度の割合で発生しています。
(原因)
充分な解明はされてはいません。しかし、海面温度が上昇すると大気も変化していること、太平洋西部の赤道域に広い範囲で暖水が溜まること、西風バーストと呼ばれる強風が顕著に観測されていることにより、その関係性が指摘されています。
また、エルニーニョ現象発生時、日本では多雨傾向が見られると言われています。
投稿者 ootsuka : 15:00 | コメント (0)
大雨・洪水の発生
秋雨前線や梅雨前線が台風の影響を受けると、台風の位置が遠距離でも前線が停滞する為、大雨を生み出す原因となります。
毎年、九州地区から関東地区にかけて大雨・洪水が発生しています。
この状態になった時の各地の被害は、
・山間部・・・崖崩れ・土石流
・都市部・・・河川の増水(増水による洪水)、浸水被害
2000年の台風14号では、秋雨前線が停滞し、愛知県に集中的な豪雨が発生し、甚大な被害を及ぼしました。
投稿者 ootsuka : 13:53 | コメント (0)
高潮・うねりの発生
台風時、高波・うねりがが発生する原因
1. 風浪・・・・海面に吹く風によって、その局所で発生します。
2. うねり・・・他所で発生した波が伝達されてくる、または風やんだ後に残った波で発生します。
この2種類の風の強さ、時間・距離の長さによっては高波にとって好条件を生み出し、さらに巨大な高波に変化していくことになります。
現在、日本沿岸の海面水位はこの100年間で最も高水位となっているため、台風来襲時には高波・高潮被害が西日本を中心として発生しやすい状態になっています。
投稿者 ootsuka : 13:17 | コメント (0)
高潮の発生
高潮が発生しやすい台風の通り道は、2種類あります。
1. 本州横断コース
2. 日本海北上コース
1.2.を通過しやすい季節は、8月〜9月。日本に太平洋高気圧が張り出してくる為です。
夏に海水の温度が高くなったまま秋を迎え、9月の大潮の時に発生しやすくなるのです。
そしてその発生しやすい時間帯ですが、満潮時と高潮が発生する時間帯と同時刻とは限りません。
注意・警戒が必要な時間帯は、満潮時前後の幅広い時間帯と言えます。
この通過道を通り、高潮が発生した過去の台風は、1999年の台風18号です。
投稿者 ootsuka : 12:51 | コメント (0)
2005年10月07日
暴風の発生
時期・・8月〜9月の日本に高気圧が張り出す季節に最も多く見られます。
場所・・沖縄付近から九州を通り、日本海、北日本に到達するまでの北上するコースに最も多くみられます。
日本海コース北上コースの特徴として、南よりの風が非常に強いことが上げられ、その暴風被害は以下の2つの場所に集中されます。
1. 西日本・・・台風の勢力が強いまま近づいてくるため。
2. 北日本・・・台風の速度が速くなるため。
過去、このコースをたどった台風は、通称リンゴ台風と呼ばれる1991年台風19号、最近では、2004年の台風18号でした。
投稿者 ootsuka : 20:16 | コメント (0)
藤原効果
(命名)
この運動の発見者となった第五代中央気象台長、藤原咲平の名にちなんだもの。
(運動)
@ 2つ(又は複数)の台風が発生。
A その中心が1000km以内に近づく。
B 台風の中心を結ぶ線がその相互作用で半時計回りに回転。
C その台風が動いていく。
@〜Cにより、2つ以上の台風が近づくと、その相互作用により複雑な動きを示すことになります。
よって、台風の進路予測が難しくなるのです。藤原効果とはこのような状態のことを指すものです。
投稿者 ootsuka : 18:20 | コメント (0)
り災証明
り災証明とは
自然災害などによって、建物・設備・機器などに被害が生じた場合に各機関にその旨の証明に必要とされる証明書です。発行は各市町村の地域振興課がしています。
(必要ケース)
保険の手続きに保険会社よりその要請がされます。また、この場合はその被害の程度、契約内容にも異なりますので、り災証明の要・不要は各世帯の契約保険会社に問い合わせましょう。
また、税関系に関する事項では災害に拠り住宅・家具などの雑損控除が受けられることがあります。控除の際には所得税の確定申告を行うことが不可欠ですので注意しましょう。
(申請に必要なもの)
申請書(地区によってはそのホームページでダウンロードできます。)・添付書類として、被災個所の写真、業者が発行した見積書(災害名を明記)。手数料は無料です。また、発行期間も特に設けていません。
必要に応じてとりに行きましょう。
投稿者 ootsuka : 16:08 | コメント (0)
台風保険金2004年度
損害保険会社9社が2004年度の決済を発表しました。
それによると、保険金の支払見込み額は5516億円となっています。
(損害保険9社 2004年度)
火災保険賞味保険料9029億円・・・火災保険支払い見込金額4633億円
これは、9社の火災保険の損害率が51パーセント上昇したことになります。
また、同時に前年度末の異常危険準備金残高の55パーセントに当たる数字となります。
9社とも、この準備金を取り崩す事態、また経常利益が数十パーセント減少したと推測されます。
このように、2004年は台風の当たり年とともに、保険金支払金額過去最高の額となりました。
投稿者 ootsuka : 16:07 | コメント (0)
風水被害の支払保険金
台風による風水被害は、火災保険によって保障されています。
過去の主な台風による風水被害等による支払保険金は以下の通りです。
尚、支払保険金額が多い順に表しています。
1位 台風19号(1991年・全国規模)・・・5679億円
2位 台風18号(2004年・全国規模)・・・3823億円
3位 台風18号(1999年・熊本、山口、福岡等)・・・3147億円
4位 台風 7号(近畿中心)・・・1600億円
5位 台風23号(2004年・全国)・・・1175億円
また、2005年の8月に襲来した台風14号による支払保険金は、約588億円。
史上10番目の支払額となりました。
投稿者 ootsuka : 15:34 | コメント (0)
災害救助法 施行例
災害が起こったとき、「災害救助法」により、行政がさまざまな緊急措置をとることになります。
具体的な例として、災害に遭って、自分で食事を調達できない人に行政が無料で食事を提供することが決められています。
支給される日・・・地震発生時から4日目位から。
一人あたりの一日の金額・・・1000円程度
阪神・淡路大震災の時には、避難所の食事は全てこの法に基づき、無料で食事が提供されました。
そのときの避難所全体の食事代はおよそ180億円、1日平均約1億円でした。
この法律では現金ではなく、現物で支給するのが原則になっています。
あわせて、基本的には緊急措置ですので、仮設住宅入居後には打ち切られることになります。
投稿者 ootsuka : 12:50 | コメント (0)
災害救助法(総則)
第1章 (総則)
第2章
第1条・・・この法律は災害に際して、国が地方自治体、日本赤十字社その他の団体及び国民の協力の下に、応急的に、必要な救助を行い、災害にかかつた者の保護と社会の秩序の保全を図ることを目的とする。
第2条・・・この法律による救助は、都道府県知事が、法令で定める程度の災害が発生した市町村(特別区を含む)の区域(第252条の19第1項の指定都市にあつては、当該市の区域又は当該市の区の区域とする。)内において当該災害にかかり、現に救助を必要としている者にたいして行う。
第3章 (救助)
第4章 第22条・・・都道府県知事は、救助の万全を期するため、常に必要な計画の樹立、協力な救助組織の確立並びに労務、施設、設備、物資及び資金の設備に努めなければならない。
共済
各共済には地震に備えられる商品がいくつかあります。
しかし、火災保険や地震保険と重複して加入することはできませんので注意が必要です。
(建物校正共済)
地震の場合、保険金額最高1000万円。
地震だけではなく、火災・風水害・それに伴うケガなど幅広く保障。
(自然災害共済)
地震の場合、保険金額最高1020万円。
地震・水害・盗難などその他を保障。
地震保険に対し、その保障金額は安くなりますが、その分掛け金も安価です。
家庭の事情に合わせた保険選びをすることが重要な課題になります。
投稿者 ootsuka : 10:02 | コメント (0)
生命保険
生命保険加入者が地震によって亡くなった場合、保障内容は以下の通りになります。
○普通死亡保険金が受け取れます。
○災害特約を付帯している場合、災害死亡保険金も受け取れます。
○大地震発生時には、加入者の支払保険料が免除・猶予される制度もあります。
(大地震の場合の保険注意点)
・削減支払い、保険金支払い免除制度が適用される場合があります。
・地震によっての火災や、地震自体の被害で証書を紛失してしまうことがあります。その場合、保険会社の想定の範囲内なので対応できるようになっています。
生命保険は最大3年以内に通知しないとその保険金は受け取ることが出来ませんので、早めに保険会社に連絡しましょう。
投稿者 ootsuka : 10:01 | コメント (0)
地震保険の支払状況
地震保険による過去の保険金の支払いは以下の通りになっています。
尚、支払金額順で表しています。
1位 阪神・淡路大震災 (1995年)・・・783億円
2位 芸予地震 (2001年)・・・169億円
3位 福岡県南西沖地震 (2005年)・・・165億円
4位 新潟県中越地震 (2004年)・・・140億円
5位 十勝沖地震 (2003年)・・・ 59億円
この後に、鳥取県西部地震 29億円、宮城県北部地震 22億円、と続きます。
また、支払見込みとして、2005年に発生した福岡県西方沖を震源とする地震に165億円、新潟県中越地震に140億円となっています。
投稿者 ootsuka : 10:00 | コメント (0)
保険免責論争
阪神・淡路大震災では多くの住宅が火災の被害にあいました。
1995年11月、地域住民73人が損害保険会社をあいてどり、集団訴訟を起こしました。
原告側の主張
・長年に渉り更新し続けていたが保険会社から「地震による火災は支払われない」という説明を受けていなかった。
・地震発生後から8時間も経過した火災は、地震による火災かどうかどうか判断できない。
しかし、判決は一部を除き原告側の敗訴で終わりました。
1993年の北海道沖地震でも住民が提訴しましたが、札幌高裁で一審に続いて敗訴しました。
このように、「保険火災保険では約款どおり地震でおきた火災については保障しない」という保険会社の主張が認められる結果となりました。
投稿者 ootsuka : 09:57 | コメント (0)
地震保険の付帯率
阪神・淡路大震災では、多くの住宅が全焼・全壊しました。
しかし、当時火災保険契約時に地震保険を付帯していなかった世帯がほとんどでした。
震災前と震災後では、どのような変化があるのでしょうか。
地震保険の付帯状況
震災発生前・・全国平均 7.0% 兵庫県 2.9%
震災発生後・・全国平均17.2% 兵庫県12.9%
このように大幅な伸び率を示しましたが、それでも全世帯では8割程度、兵庫県では全国平均を下回る付帯率となっています。
投稿者 ootsuka : 08:25 | コメント (0)
2005年10月06日
風災害 20万円の壁
風災害の被害では損害額が20万円以上の場合のみに保険金が支払われます。
よって、15万円損害を受けても、19万円損害を受けてもその保険金が支払われることはないわけです。
しかしその20万円の壁を低く設定した商品を発売している保険会社が出現しています。
マンションにおいて、20万円未満の損害が発生したとき、保険金が全額支払われるという商品を発売している会社や、保険会社によっては、損害金額が1万円を超えたとき、その1万円を差し引いた実損害額を支払われるシステムの商品を販売していたりします。
いづれにしても、保険会社・保険商品によってその損害による保障にはばらつきが見られ、個人単位での注意が不可欠となります。
投稿者 ootsuka : 21:26 | コメント (0)
風災害
○風災害による損害
火災保険で保障しています。
(例)
・強風によって屋根が飛ばされた
・強風によって屋根が損傷した古書から雨が吹き込み、家財や建物内装に水漏れ損害が発生した
○一般的な保険金の支払い要件
・20万円以上の損害発生の場合に保険金が支払われます。
以上のように、風災害を原因とする損害全てが保障されると言う事ではありませんので注意が必要です。
投稿者 ootsuka : 21:25 | コメント (0)
地震保険 保障
地震が発生し、損害を受けた時、保障してくれるのは地震保険です。
では地震保険によって保障されるのはどのような時なのでしょうか。
○ 地震により建築物が倒壊・崩壊した時。
○ 地震による火災が発生し、家屋が焼けた時。
○ 地震によって河川の堤防が決壊・破堤し、洪水が発生して家屋が流出・埋没した時。
○ 噴火による溶岩流・噴石、火山灰・爆風によって家屋が破壊・埋没した時。
○ 家屋が地震や噴火で起きた土砂災害による流失・埋没した時。
○ 津波による家屋流出・倒壊した時。
地震保険によって保障されるのは以上の通り、居住用の建築物、または商売用店舗を兼ねた住居ということになります。
また、商品によっては家財などもその対象になります。
投稿者 ootsuka : 19:57 | コメント (0)
地震保険 内容
(地震保険の保険金)
設定金額・・・主契約の火災保険の保険金額の30〜50%
限度額 ・・・ 建物5000万円 家財1000万円
保険料は所在地と建物の構造によって異なります。築年数、耐震等級などによっても、割引制度があります。
(政府)
地震保険の巨大性を対処する為、保険金の確実を担保にし、政府が再保険することになっています。
(1回の地震に支払われる総限度額)
地震保険法施行法で定められていています。2005年4月時では限度額は5兆円でした。
この限度額を超える場合、その金額に応じて保険金が削減されます。
投稿者 ootsuka : 19:56 | コメント (0)
地震保険
地震保険とは、損害保険の一種です。
地震によって災害が発生した場合、その損失を保障してくれますが、以下のとおりに契約されます。
主契約・・・火災保険
付帯契約・・・地震保険
火災保険契約だけでは地震で発生した火災は、保障の対象にはなりません。
火災保険の付帯を原則とした保険が地震保険となります。
投稿者 ootsuka : 19:10 | コメント (0)
日本の対策の体制
世界の1割の地震が日本で発生しているという地震大国日本。
そのため、地震に関する組織も沢山あります。
しかし、その組織の多さからその業務が重複しているという事実が発生しています。
この事実は専門家でも役割の分担を境界明確に説明することは困難を極めているようです。
アメリカでは国単位の地質調査所がほぼ一元的に地震に関する業務を担っています。
投稿者 ootsuka : 09:15 | コメント (0)
2005年10月05日
対策の歴史 1998年〜2000年
1998年(平成10年)・・・兵庫県南部沖地震をうけて、各基準の見直しや追加がされ、建築基準法が改正されました。
2000年(平成12年)・・・住宅購入者等の利益の保護、住宅の品質確保の促進、また、昨今取りだたされている、住宅に関する様々なトラブルの迅速、かつ適正な解決を図る為、住宅の品質確保の促進等に関する法律が施行されました。この法律には、瑕疵担保責任期間を10年とすることや、住宅性能の表示制度などが盛り込まれています。
対策の歴史 1978年〜1997年
1978年(昭和53年)・・・関東大震災の海溝型の再来を想定し、東京都の被害想定が公表されました。
1979年(昭和54年)・・・地震防災対策強化地域判定会が気象庁長官の諮問機関として発足しました。
1981年(昭和56年)・・・十勝沖地震・宮城県沖地震を受けて建築基準法の大改正がされました。
1995年(平成 7年)・・・基準に適合しない、公共性を持つ一定規模の建築物の建築物の耐震改修の促進に関する法律が施行されました。また、地震防災対策の強化を図る為、地震防災対策特別措置法が制定されました。
1997年(平成 9年)・・・阪神・淡路大震災をうけ、密集市街地における防災街区促進に関する法律として、密集市街地整備法が施行されました。
対策の歴史 1964年〜1978年
1964年(昭和39年)・・・新潟地震を受け、日本学術会議が、耐震工法確立の勧告を、当時の総理大臣に提出しました。
1965年(昭和40年)・・・国家事業として、地震予知研究計画が発足しました。
1966年(昭和41年)・・・新潟地震を契機に地震保険制度が制度化しました。
1969年(昭和44年)・・・国土地理院長の私的な機関として、地震連絡委員会が発足しました。また、翌年には、特定観測、観測強化地域を指定しました。
1971年(昭和46年)・・・十勝沖地震をうけ、鉄筋コンクリートの構造強化を目的に、建築基準法の改正されました。
1978年(昭和53年)・・・東海地震を対象に対策強化地域の指定や、警戒宣言の発令に伴う国・企業地方自治体・事務所などの対策を定めた大規模地震対策特別措置法が制定されました。
対策の歴史 1950年〜1963年
1950年(昭和25年)・・・耐震を考慮に入れた、建築物の敷地、構造、用途に関する基準を示す法律、建築基準法が制定されました。
1951年(昭和26年)・・・京都大学に福井地震を契機に防災研究所が創設されました。
1961年(昭和34年)・・・東京の地盤地図が完成しました。伊勢湾台風を契機に、災害対策基本法が制定され、この法に基づき、中央防災会議ができました。
1962年(昭和37年)・・・宅地造成等規正法が制定され、盛り土の絞め固めや、擁壁の構造、排泄施設等の災害防止措置が義務化されました。
1963年(昭和38年)・・・防災科学研究センターが設立されました。
対策の歴史 1931年〜1947年
1931年(昭和 6年)・・・満州事変が勃発しました。
1936年(昭和11年)・・・2.26事件が勃発しました。
1937年(昭和12年)・・・日中戦争に突入。鉄鋼工作物築造許可規制が敷かれ、軍事施設以外に50トン以上の鉄鋼を使用することができなくなりました。
1941年(昭和16年)・・・太平洋戦争に突入。
1942年(昭和42年)・・・建築学会によって、戦時規格作成委員会がつくられ、許容応力が引き上げられました。
1945年(昭和20年)・・・終戦を迎えました。
1947年(昭和22年)・・・災害に対する救助や保護を目的とした、災害救助法が制定されました。
2005年10月04日
対策の歴史 1875年〜1925年
1875年(明治8年) ・・・内務省地理局で地震観測が始まりました。
1880年(明治12年)・・・日本地震学界が設立されました。
1885年(明治20年)・・・東京気象台が、中央気気象台と改名されました。
1879年(明治13年)・・・東京大学で地震観測が開始されました。
1892年(明治25年)・・・濃尾地震を契機として、震災予防調査会が建築物の耐震研究発足しました。
1920年(大正 9年)・・・市街地建築法として、建築に関する本格的な法律が施行されました。
1924年(大正13年)・・・関東大震災を受けて、耐震計算が義務化され、市街地建築法が改正されました。
1925年(大正14年)・・・東京大学に地震研究所が創設されました。
紀伊半島南東沖地震
2004年9月5日、19時7分と23時57分、9月7日8時29日に紀伊半島南東沖と東海道沖をまたぐ位置を震源地(そのため、名前が分けられることになる)、紀伊半島南東沖地震と東海道沖地震が発生しました。
(津波注意報発令)
紀伊半島でM6.9を観測し、震源地に近い沿岸部に発令されました。
東海道沖でM7.7の地震発生。愛知県外海、三重県南部、和歌山県に津波警報が発令され、NHKで緊急警報放送が出されました。
気象庁から津波注意報、警報が出されていましたが、避難勧告を出さなかった自治体や、住民の自主避難も充分ではありませんでした。結果は、この津波災害での被害状況は負傷者と船舶破壊などで、人的被害はありませんでしたが、これは奇跡に近いことなのです。
北海道南西沖地震
1993年、7月12日22時17分頃、M7.8の地震が北海道南西沖に発生しました。
地震発生から3分〜5分後に、奥尻島へ到達。島の西側にある藻内地区では波の高さが30メートルにも及ぶ大津波が襲来しました。また、南端の青苗岬では2メートル以上の波が1時間内に13回も観測され、島牧村栄磯では、7.5メートルの津波が襲来しました。
被害状況は、死者201名、行方不明者29名、負傷者323名、全壊家屋は、1009棟でした。被災地の中でも青苗地区の被害は甚大で、地区の人口が1401名に対し、死者・行方不明者・負傷者は238名、地区の504世帯数に対して家屋全壊400棟という被害を残しました。
この地震が発生して5分後に、札幌管区気象台が大津波警報を出しましたが、既に津波が来襲した後でした。
日本海中部地震
1983年5月26日、11時59分57秒、秋田県の熊代市西片沖付近約100kmの地点を震源とし、M7.7の大地震が発生しました。
当時、日本海側で発生した地震の中では最大級のもので、その地震によって発生した津波は、約10メートルの高さで、山口県、秋田県、青森県の日本海側を襲いました。
その被害状況は、死亡者104名、全壊家屋9000棟、半壊家屋2100棟、被害総額は1482億3727万円にも及びました。
秋田県では大規模な津波被害の記録はありませんでしたが、この津波のときに、偶然旧秋田郡合川町の小学生が男鹿市の加茂青砂に訪れていて、多くの生徒が巻き込まれ、その幼い命を犠牲にしました。
チリ地震
1960年、5月22日午後7時19分(日本時間1960年5月23日午後4時11分)、チリの太平洋沖を震源とするチリ地震が発生しました。
この地震の規模は、M8.5と世界で観測された地震の中でもっとも規模の大きな地震となりました。
はるか地球の裏側の地震から突然やってきたその津波に、日本では警戒が甘く、甚大な被害が出てしまうことになりました。
地震発生から22時間後に三陸海岸に最大で6Mの津波がおしよせ、142名が亡くなりました。
あわせて岩手県大船渡市では53名がその犠牲になりました。
また、田老町ではもっとも大きな津波を受けましたが、折からの津波対策で高さ10Mの巨大堤防を建設済みで、その堤防が功を奏し、死亡者を出すことはありませんでた。
和歌山県のとりくみ
東南海・南海地震での地震や津波で甚大な被害をもたらした和歌山県は、国に対して働きかけ、平成15年7月25日に「東南海・南海地震に関する地震対策の推進に関する特別措置法」を施行させました。現在、和歌山県をはじめ、国、市町村、住民などが一体となって、防災対策を進めています。
県では「和歌山県防災総合訓練」や、「津波避難訓練」、「県政おはなし講座」を通し、県全体に防災意識をたかめています。また、災害の情報を広く把握するため、各ネットワークを充実させるため、IT技術を駆使した独自の整備が進められています。気象台の気象情報や、県の雨量、河川水位、道路の規制情報、市町村の被災情報・避難情報などを一ヶ所にあつめ、各機関が閲覧、利用できるように計画が進んでいます。
南海地震
1946年、12月21日午前4時19分、和歌山県潮岬沖を震源に、M8.0の大地震がおきました。
地震が発生した直後、紀伊半島、四国、九州の太平洋側に津波が来襲しました。
被害状況は、全体で死者、行方不明者1330名、家屋全壊11591棟、半壊家屋23487棟、流出家屋1451棟、焼失家屋2598棟。なかでも震源地に最も近い和歌山県内の死者は、全体の死者の中の269名でした。
潮岬沖付近では、フィリピン海プレートが南海トラフで日本列島の下に潜りこんでいるため、M8クラスの地震が100年〜150年の周期でおきていて、地質・地震学者の注目をあびています。
その後の平成15年7月25日、「東南海・南海地震に関る地震防災対策の推進に関する特別措置法」が施行され、市町村単位での防災対策水深地域の指定などがされています。
東南海地震
1944年12月7日に、三重県志摩半島南南東約20km沖合いの海底を震源として、M8.0の関東大震災をしのぐ、大地震が発生しました。
この地震で発生した津波によって、三重県、愛知県、静岡県を中心に、死者・行方不明者1223名を出す甚大な被害が出ました。
震源地を見ると、本来は東海地震と呼ばれるエリアですが、駿河湾から遠州灘地域に延びる駿河トラフは破壊されなかったため、完全な東海地震とはいえず、東南海地震と名づけられました。
発生当時、日本は太平洋戦争の戦時下末期で、情報が完全に統制されていて、この地震の情報の記録自体が剥薄なため、被害の全体像は掴むことは出来ません。
昭和三陸地震
1933年3月3日午前2時頃、三陸沖でM8.1の大地震が発生しました。
地震の直接の被害は少なかったとされていますが、津波の被害は甚大で、恐ろしいものでした。
この地震の被害状況は、死者3068名、家屋流失4034棟、倒壊家屋1048棟にもおよびました。特に被害が多かったのは岩手県の田老町(現宮古市)で、この地区の人口、1798名のうち、の42パーセントに当たる763名がその尊い命を落とし、家屋については、その98パーセントに当たる358棟が全壊、田老村は津波が去った後、ほとんど更地同然と化しました。
この地震により、田老町は津波防災宣言の町として、様々な対策をとりました。なかでも総延長2433Mの巨大な堤防は、その後1960年のチリ地震の被害を最小限に食い止めることに成功し、全世界に知れ渡るほどのものになりました。
明治三陸地震
1896年、6月15日、午後7時32分、三陸沖を震源とするM8.5の大地震が発生しました。しかし、各地の震度はM2〜3程度でしたが、地殻の変動は大きく、津波による被害が三陸海岸を襲いました。地震発生後の約30分後に、岩手県綾里で、日本の本州観測支上最も高い波高38.2Mを記録し、その被害は甚大なものでした。
この津波の被害状況は、死者21909名、行方不明者11名、負傷者1398名、家屋の流失8526棟、家屋倒壊1844棟、船舶の流失5720隻でした。
地震によっての直接的な被害者はいないとされていて、被害のほぼ全ては津波によるものとされています。
2005年10月03日
関東大震災
大正12年(1923年)9月1日、11時58分、伊豆大島付近相模湾を震源とし、その大きさは、M7.9の大地震が発生。実はこの地震は、三浦半島でも震源とした、いわゆる双子型の地震でした。さらにこの地震は、12時1分にM7.1、12時3分にM7.2と3つの大地震が重なり、約5分以上、M7を越す揺れが続きました。
この地震での被害状況は、小田原から鎌倉にかけての相模平野一円、さらに、房総半島の一円と、震災地の広さが救援活動の障害とされたせいで死者99331人、行方不明者13176人、全壊家屋128266棟、半壊家屋126233棟。
地震発生後の数分から数十分の間に大津波が相模湾岸と伊豆諸島に押し寄せ、その高さは、熱海で12M、房総半島で9Mといわれています。
八重山地震
明和8年(1771年)3月10日(新暦4月24日)、震源地を八重山列島近海とする八重山地震が発生しました。この地震の大きさはM7.4で、ユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込む為に生じる歪みがもとで発生しました。
この地震は、海溝型地震とよばれているものです。
被害状況は、宮古・八重山の両方の列島へ、大津波が発生し、死者、行方不明者は約12000名、家屋流失は2000戸以上という大惨事となりました。宮古島の西北にある下地島には、津波で打ち上げられたと伝えられている、巨大な岩が今もあります。
この地震をうけて、年号をとって明和の大地震とも呼ばれています。
元禄大地震
元禄16年、(1703年)11月22日、不気味な地鳴りとともに、房総南岸沖を震源とする推定M8.2の地震が襲来しました。これが、元禄大地震です。
被害状況は、江戸で翌日未明に火災が発生。江戸の広範囲がその炎に包まれました。
震源に近かった小田原、房総周辺で、地震発生直後に相模湾と房総半島に大津波が襲い、2000人を超える死者を生み出しました。また、その津波の影響で、房総半島南端に地面が5Mも隆起したため、島だった野島は陸続きとなって、現在の野島岬になりました。
震災地全体で、潰家は2000戸、死者は約5200名にものぼり、当時の「生類憐れみの令」により、町方に負担させていた「犬扶持」を免除するなどの応急処置がとられました。この地震で年号が宝永と改められました。
安政南海地震
安政元年、(1854年)11月4日(新暦12月23日)安政東海地震が発生した僅か32時間後、同じく南海沖を震源とするM8.4の巨大地震が発生しました。これが安政南海地震です。
被害の最も大きかった土佐領内では、5〜8Mの大津波が襲いました。被害状況は、倒壊家屋3000戸余、焼失家屋2500戸余、流失家屋2500戸余、死者372名をだしました。また、大阪湾北部には推定波高2.5Mの津波が来襲、木津川、安治川を逆流し、8000隻の船舶が破損し、多くの橋を破壊しました。そのため、700人余りの死者を生み出しました。32時間前に発生した安政東海地震と安政南海地震の余りの被害の甚大さに、嘉永から安政に元号を改元するほど、歴史的な地震でした。
安政東海地震
安政元年(1854年)11月4日(新暦12月23日)、駿河湾から遠州灘と紀伊半島南東沖一帯を震源地とし、M8.5という大地震が発生しました。
この地震で、最も被害が甚大だったのは沼津から天竜河口に至る東海沿岸地。地震発生から数分から1時間前後に大津波が発生し、伊豆下田、遠州灘、伊勢、志摩、熊野灘沿岸に押し寄せました。
伊豆下田では、推定6〜7Mの津波が押し寄せ、948戸ある民家の、927戸が流出し、122名の命が奪われたとの記録が残っています。そして、清水から御前崎付近では、地盤が1〜2M隆起し、清水港は使用不能に。被害状況は流失家屋8300戸余り、死者は600名余。
この地震は、東海地方の巨大地震は、その直後から2年以内に南海地方の巨大地震を引き起こすという重大な教訓を残しました。
大地震津なみ心え之碑
JR紀勢本線の「湯浅駅」から数分のところに、浄土宗・深専寺があります。そこには、安政元年(1854年)11月4日に(新暦では12月24日)に発生した安政東海地震、安政南海地震をうけての碑、「大地震津なみ心え之碑」があります。
碑文は、地震の概要みあわせて、「万一、地震の発生時にはこの寺の前を通り、天神山のほうへ逃げよ」という教え書きなど、具体的な避難経路を示しています。また、「昔からの言い伝えによる前兆として、井戸の水が減ったり、濁ったりすると津波が起きるというが、今回の地震ではそのようなことは一切なかった。」などと、犠牲者を弔うだけの碑ではなく、後世にも教訓を残している非常に珍しい供養塔です。
稲村の火
安政元年(1854年)、12月23日、安政の大地震が発生。M8.4という大地震でしたが、その僅か32時間後、南海地震がまたもM8.4という規模で発生しました。
そのときのことを記した物語が、小泉八雲(ラフガディオ・ハーン 1850〜1904)著の「稲村の火」です。
「これはただごとではないと五兵衛は津波がやってくると思い、大きな松明かりを持って飛び出した。そこには沢山の稲束が積んであった。もったいないがこれで村人の命が救えるのだ、と、自分の畑に火をつけ、火事をおこし、消火するために集まってきた村人達に津波がやってくることを教え、その大勢の命を救った。」
この物語は、昭和12年〜22年までのあいだ、尋常小学校の教科書にも掲載しており、また、海を越え、アメリカの小学校の副読本の教材としても使用されました。
慰霊塔
明治三陸地震津波は、明治29年(1896年)6月15日多数の犠牲者をだしました。唐丹村総人口、2807人のうち、実に2100人が死亡するという甚大な被害をもたらしたのです。
33回忌を迎えた昭和3年、慰霊碑が建立され、現在の本郷堤防の南側にその犠牲者の魂を悼んでいます。
(各地区の慰霊碑)
宮古市浄土が浜・・・明治三睦津波の碑
三睦町吉浜 ・・・津波の碑
田老町 ・・・津波供養塔
釜石市唐丹 ・・・津波記念碑
防災対策
台風の接近を感じたら、台風来襲に備え、対策をとりましょう。
○ 窓・雨戸はしっかり施錠し、板や端木などで補強しましょう。
○ 側溝や、排水溝などは普段から掃除し、その役割を充分発揮できるよう管理しましょう。
○ テレビのアンテナはその補強程度を確認しておきましょう。ステー線や柱などで補強しましょう。
○ 庭木に支柱をたてたり、ゴミ箱・空のプランターなどは飛ばされないところに移動したり補強します。
○ 窓にテープやセロファンなどを張り、ガラスの飛散を防ぎましょう。
○ 断水に備え、飲料水を確保しましょう。また、浴槽に水をはるなどして生活用水を確保しましょう。
○ 長期的な停電発生に備え、常温保管できる食糧を充分に確保しましょう。
投稿者 ootsuka : 15:29 | コメント (0)
津波防災の町宣言
田老町は、慶長、明治、昭和の三陸地震津波で多くの被害を出してきました。
1869年(明治29年)6月15日・・・田老町全人口の73.1%にあたる1875人が津波で死亡。
1933年(昭和8年)3月3日 ・・・田老町では972人が津波で死亡
この被害を受け、国道を整備したり、高台に通じる階段・手すりを取り付けたり、太陽電池による照明灯も整備して、避難経路に充分配慮した改革が行われ、1978年の宮城沖地震の時にはその損害は極めて少ないものとなりました。
現在では気象衛星をつかって、津波警報をダイレクトに受信できる緊急情報衛生同報受信装置を設置しました。さらに各大学の協力を得、地震発生後の2・3分で津波を予測するシステムを試験、研究中です。
津波の教訓
明治29年(1896年)6月15日に発生した明治三陸地震津波は、岩手県綾里村(現大船渡市三睦町綾里)を襲った津波は、死者2万2千66名をだす大きな被害を出しました。この津波の高さは38.2M(一説には50M以上)で、本州津波、史上最大の高さでした。
現在では東北電力が電柱に掲出している掲示板に、
「災害は忘れた頃にやってくる 明29.6.15 38.2M」
とかかれた三陸大津波水位表が、越喜来湾の小石浜と綾里湾綾里港に押し寄せた両津波が合流した地点にあり、地域の住民にその教訓を伝えています。
注意報・警報
全国の地震計と結んで地震発生と同時に、震源地、規模、津波の有無などを瞬時に計算し津波警報、注意報を発令するシステムが気象庁の津波監視体制ETOS(Earth Quake Observation System)です。このシステムは24時間監視体制におかれており、また、全国の検潮所、巨大津波観測施設、モニター検潮所、津波観測施設、遠地津波観測施設とも結んで、リアルタイムに津波発生状況を監視しています。このシステムの津波警報、注意報は以下のとおりに発令されます。
想定の波の高さが0.5M以下・・・津波なし 想定の波の高さが0.5M以上・・・津波注意
想定の波の高さが1M以上 ・・・津波警報 想定の波の高さが3M以上 ・・・大津波警報
気象庁 予報
地震が発生したとき津波発生が予測される場合に気象庁が発表する予報は以下の通りです。
(津波予報)
津波の発生が予測された場合、地震発生から約3分以内を目標として警報・注意報が発表されます。
またその規模に拠り、大津波・津波警報に分かれます。
(津波の到達時刻・高さ予想)
各津波予報区における到達予想時刻、予測される津波の高さが発表されます。(単位 m)
(各地の満潮・津波到達予想時刻)
主だった地区・地点の満潮時刻や津波の到達予想時刻が発表されます。
(津波観測)
津波を観測した場合、その時刻や高さが発表されます。
投稿者 ootsuka : 13:16 | コメント (0)
避難の注意事項
もしも津波にあったら・・・
周りに堅い物の有・無を確認しましょう。
海岸で地震に遭遇したら、できるだけ岩場や堤防から早急に離れましょう。津波で亡くなった方のその多くは、津波に飲み込まれた際に岩やコンクリートに叩きつけられ、気絶したり負傷したりして動けなくなり、水死する場合が多いのです。
また、高台が遠方しかないなど、やむを得ず建築物に避難する場合は、木造よりもコンクリート、そして海岸に面する建築物からなるべく2列目、3列目を選びましょう。津波のエネルギーを少しでも逃れることが重要なのです。
また、各個人が、地域の自主防災組織や事務所などを確認したり、地域の津波や沿岸部分の特性などを考慮して、事前に津波対策を充分検討しておくことが避難時においての拠点となることでしょう。
避難 財産
突然の地震や津波に備え、家具は固定し、自宅周辺道路の整理など、家庭内でできる地震対策は必須です。(地震で家具が転倒したり、道路が散乱していると、津波来襲の緊急避難時に避難できなくなります。)大事な命という財産を守るためには、なるべく早く、高台へ避難することが大事です。また、遠方の避難はあきらめ、近くの高い建物などに避難しましょう。遠方への避難途中で、50cm程度の津波であたりが既に浸水している場合、漂流物にその避難を阻止され亡くなるケースもあるのです。
また、家財など貴重品を、一旦避難した後に取りに戻るのは非常に危険です。持ち船などを海岸に見に行く、またはその保全作業を行うことも同様です。
地震後の津波来襲時には数分の差で命を落とすことになりかねないのです。
避難 車
突然地震が発生して大津波が襲来したらどのように避難すればよいのでしょうか。
自分が怪我をしては避難もできません。先ずは自分の安全を考えることが第一です。そしてとりあえず、近くの高台まで避難しましょう。安全を確認したら、浸水区域や想定津波危険地区だけを過信せず、より高く安全な高台への避難を考え、実地しましょう。
(車での避難)
大津波が襲ってくると、車での避難を考えがちです。しかし、車での移動は、ちょっとした原因で渋滞したりします。1993年の北海道南西沖地震では、避難車両が渋滞を起こし、多くの人が津波によってその尊い命を落とすことになりました。
家屋の被害状況
津波による家屋の被害目安
浸水高1M〜・・・木造の家屋が半壊被害をうけます。
浸水高2M〜・・・木造の家屋はほぼ全壊・沿岸集落、漁船に被害が発生。
浸水高4M〜・・・石造家屋が全面破壊。沿岸集落、漁船の被害率は50%。
浸水高8M〜・・・鉄・コンクリート・ビルが全面破壊されます。沿岸集落、漁船の被害率は100%
また、沿岸部分に設植されている防潮林ですが、浸水高1M〜では、被害を軽減し、漂流物を阻止できます。しかし、浸水高が4Mを過ぎた頃には沿岸部に部分的に被害をだし、浸水高が8M〜になると沿岸部に全面的な被害勃発。津波を阻止することはできないとされています。
高さの計算法
津波は水深が浅くなれば浅くなるほど、津波の速さは遅くなり、水深が深くなればなるほどその速さは増していきます。
計算方法は以下の通りです。
津波の速さ(M/秒)=√(g×h)=√(9.8M/秒2×水深(M))
水深2000M・・・約500キロメートル/時
水深200M ・・・約160キロメートル/時
水深 10M ・・・約 36キロメートル/時
と計算されます。
2005年10月02日
引き潮のいいつたえ
過去の津波による証言や、昔話、また前兆現象として、「まるで干潟のごとく波が引いて、その後で巨大な津波が来襲する。」という話はよく聞きますが、はたして本当のことなのでしょうか。
@隆起・・・海上の震源地にたいして陸地よりの位置で隆起が起きる。
A震源地を境に陸地よりの位置で沈降がおきる。
@の場合は押し波が先に来襲します。Aの場合は、引き潮が先に現れます。この2つは、震源の海の海底がどちらに動いたかで決まり、どちらが先に現れるかの予測は難しいのです。
ですから、引き潮がなくても、津波が来襲することがあるのです。
地震以外の原因
津波は通常地震による二次的な災害です。
しかし、地震以外でもその原因となることがあります。
陸上の火山が爆発し、地すべりが発生。その際の多量の土砂が海にスピードを伴って激しく烈下したとき、そのエネルギーによって津波が発生します。
このタイプの津波は、1792年(寛政14年)の島原湾の大津波が代表的といわれています。
後に「島原大変肥後迷惑」という言葉まで残したこの津波は、雲仙岳の一部が火山性地震によって崩壊し、有明海にその一部が土砂となって烈下したことが原因で、対岸である肥後などで約15000人の犠牲者をだしたと言われています。
また、海底の火山噴火も同様に津波発生の原因になる場合もあります。
種類と伝播
(種類)
1、 震源が遠距離である場合、水位は少量ずつ上昇します。
1960年の地理地震時で日本に津波が来襲したケースはこのタイプでした。
2、 震源が近距離である場合、段階を経て津波が来襲します。
東海地震がこのケースでした。
(特徴)
必ずしも第一波目が最大の限りではなく、第一波、第二波、第三波・・と重ねて来襲するケースも考えられます。少なくても第一波目より12時間は警戒の目を緩めないようにしましょう。
(波長)
津波来襲時の波長は約10kmと長く、沖合いでは殆ど全く感知できません。
(周期)
東海地震ではその周期が長く、屋内に多少でも開口部があると海水が浸入し、また下水管を伝わり内陸部に浸水してきました。推定時間は波と波の間は5分〜15分程度といわれています。
投稿者 ootsuka : 20:25 | コメント (0)
リアス式海岸
1958年、7月にアラスカのリツヤ湾において、高さ約520Mにも及ぶ大津波が発生しました。これは、地震による地すべりと地形的な要因によって起きた大津波と考えられています。
地形的な要因となったのは、「リアス式海岸」と呼ばれている地形のためです。
呼び名・・・スペインの大西洋岸で見られ、この土地で湾のことを「ri'a」と呼んでいることに由来しています。
特徴・・・陸地が近づくにしたがって水深が浅くなっていることから、津波の先端部分は徐々に速度が落ちていきます。しかし、後からきた波が覆い被さって、波の高さがさらに上昇し、大きな高さの津波へと成長してしまうのです。また、急激に入り江の部分が狭くなっている為、津波はより一層高く成長してしまう地形なのです。
日本では北上高地の東側海岸・志摩半島以西紀伊の潮岬に至る海岸がリアス式海岸です。そのため、この地域でも過去に津波による甚大な被害が発生しています。
津波のエネルギー
地震が発生した海底から沿岸地区までの距離が離れている地区では、津波の存在にはおそらく気付く人はいないでしょう。津波は発生源を中心にして外側へ伝播するため、津波の通り道から影になる陸地が存在する場合や、切りたった地形では遡上したりします。また、内側に回りこんだ波や、陸地から反射した波が甚大な被害をもたらすことがあります。以上のことにより、地形によっては高いところにまで津波が這い上がり、さらにその高さやエネルギーが増すこともありうるわけです。
津波が持つエネルギーはほとんど減少することはないのです。
また、水深が浅いほど、そのスピードが遅くなりますが、それでも人間が走って逃げても、逃れられるスピードではありません。
スマトラ沖で発生したスマトラ沖大地震がこの例といえるでしょう。
津波の特性
津波は、干潮や満潮等の規則的な潮汐とは異なった特性があります。
1、潮汐による波に比べて、高速に伝わります。
2、震源地で生じた津波は、数十時間かけて太平洋を横断し、沿岸域に被害をもたらすことがあります。
3、津波は沿岸部に到達するまで、地震波と比べると時間が多くかかりますが、エネルギーの損失が少ないので甚大な被害をもたらすことがあります。
4、津波と引き潮の出現順序は、その地震の性質によるものなので、一様ではありません。突然波が引き、干潟が出現することもあり、津波を知らない地域では甚大な被害に発展することもあります。
5、津波の波長は嵐などで起きる大波よりも大きく、発生海の状況によって、そのエネルギーはほとんど減少することはありません。
津波の発生原因
1・・海底で地震が発生。海底面の変異が生じる。
2・・直上の海面にも変位が生じ、うねりができる。
3・・波として海面を伝わり、陸地に近づくにつれ、波高が倍増される。
4・・津波となって陸地に押し寄せる。
以上が津波の発生原因です。
震源の距離から遠いほど、津波の高さが高いと思われがちです。地震が発生した時の震源と呼ばれるものは、地震がおこったとき、1番最初に海底の岩石が破壊されたところを指すことですが、津波の高さはこのこととは単純に結びつけることはできません。しかし、津波の伝わる速度は水深が深いほど速く、水深が浅くなるほど急激に高くなります。
津波とは
津波とは、沖合いにある船舶は被害をさほど受けないのにも関らず、津(船着場・港・沿岸)で、通常とは明らかに異なる波、または港や湾を波が襲う波、そして甚大な被害をもたらす波のことです。
名前の語源は、アメリカのハワイで、日系移民が津波のことを「TUNAMI」とそのまま日本語で用いていたことからだんだんと広がりました。
ハワイの津波警戒センターも1949年には「Pacific Tunami Warning Center」とされ、世界中でこの語が用いられはじめ、今では国際語化しました。
洪水の記録 1932年〜1958年
1932年・・・中瀬橋・治水橋が完工し、中仙道戸田橋も11月に完工式が遂行されました。
1935年・・・9月に荒川堤防が決壊する大洪水がおきました。
1938年・・・3年前に続き、荒川堤防が決壊される大洪水がおきました。
1947年・・・9月、台風が襲来し。利根川の東村にある堤防が決壊した為、大洪水がおきました。美しい田は一夜にして泥水に浸かり、被害総額は100億円にのぼりました。
1948年・・・9月の台風の為、各地の水路堤防に甚大な被害をもたらしました。
1958年・・・8月、和歌山県に台風17号が上陸、川口市の芝川が氾濫しました。農作物の被害総額は約1億6千万円にのぼり、奥秩父でも650世帯もの民家が孤立し、戸田市や大宮市へは自衛隊が出動しました。
洪水の記録 1886年〜1910年
1886年・・・7月にコレラが東京方面から進入しました。9月に終息。
1890年・・・8月に霖雨が長期間に渉って続き、大洪水になりました。
1898年・・・9月の大洪水で、八間堤下、小林・柏間の村内で憲兵が出動する大騒動がおきました。被害町村は316地区にのぼり、16名の死者をだしました。また、堤防が決壊したため、農作物の腐乱が進み、それによってさらなる被害がおきました。
1907年・・・8月に大洪水になり、利根川と荒川の堤防が決壊し、農作物に多大なる被害がでました。
1910年・・・8月の連日の豪雨で利根川と荒川の堤防が決壊しました。被害は死者224名、家屋流出1621棟、その他橋や道路が決壊し、山崩れも各個所におきました。このことをうけて、9月15日に埼玉治水会が創設されました。
洪水の記録 1833年〜1982年
1833年・・・8月に関東一円が大洪水に襲われ、農作物の被害が甚大になりました。
1846年・・・大洪水がおこりました。
1859年・・・武蔵地区が大暴風雨に見舞われ、利根川や荒川、神流川が氾濫して多くの犠牲者を出しました。また、熊谷堤防も決壊しました。
1865年・・・6月に大洪水がおきました。
1869年・・・9月に大宮県を浦和県と改称し、県庁舎も浦和に移しました。
1881年・・・見沼代用水路が埼玉県の直営を許可されました。
1882年・・・利根川・渡良瀬川が氾濫し、北埼川辺と利根の2つの村が浸水しました。
洪水の記録 1771年〜1823年
1771年・・・8月に大洪水がおこりました。
1772年・・・8月、関東奥羽地方に大暴風雨が襲来して権現堂川の堤防が決壊しました。
1780年・・・利根川が大洪水になりました。
1782年・・・6月に洪水がおこりました。同年7月に大地震がおこりました。
1786年・・・7月に栗橋・岩槻・羽生・草加地区(関東一円)に大洪水がおこりました。
1791年・・・8月、関東大風雨。荒川などが氾濫し、堤防を決壊させました。
1802年・・・7月に大洪水がおきました。
1823年・・・5月、洪水が起こり、熊谷堤防が決壊しました。
洪水の記録 1640年〜1749年
1640年・・・庄内領小島庄左衛門は新水路を関宿から宝珠花金杉に開きました。
1654年・・・玉川上水の完工と野火止用水が安松金右衛門の監督のもとに引かれました。
1717年・・・関東一円に洪水がありました。江戸幕府は2500人の被災者を救出しました。
1728年・・・9月、関東一円に大暴風雨があり、洪水がおこりました。
1732年・・・4月関東一円で大凶作し、米価が沸騰、餓死する者が続出しました。
1737年・・・利根川が大洪水。
1742年・・・8月、関東一円で暴風雨。利根川が氾濫して過去にない大洪水になりました。
1749年・・・8月、千住堤と利根川堤が破堤しました。
洪水の記録 858年〜1632年
858年・・・武蔵の国に大洪水が発生。
1194年・・・11月2日に吉川付近の堤防を修理、利根川の荒地を開墾しました。
1201年・・・8月に関東一帯が大暴風雨になって、北暮地方に大津波が発生、死者は1000人以上。
1337年・・・2月5日、浦和の調神社を造営させた社額として、五つの村を寄進しました。
1540年・・・8月に武相地方に大暴風雨がありました。
1592年・・・利根川回収治水工事が開始されました。
1614年・・・1月に開墾を奨励する条例がでました。
1632年・・・北埼に流れていた河流を関止め、和田・吉野・南川を合流させました。
平成11年 低気圧
平成11年、8月13日から東海沖進む熱帯低気圧の影響で、暖かく湿った空気を含んだ雨雲は、本州から九州にかけて所々で短時間に豪雨をもたらしました。16日にはその気圧の影響での出水によって、千曲川では警戒水位を長時間越えました。そのことによって、千曲川の上流の佐久市、臼田町で避難勧告が発令されたほか、各支川で内水による被害も続出しました。しかし、幸いなことにほとんどが田畑の浸水にとどまりました。
被害状況は、床上・床下浸水が15844棟、農地浸水333ha、宅地浸水27ha、一般遺産等の被害額は約23億円でした。
平成10年 台風10号
平成10年9月16日未明から長崎市内に豪雨をもたらした台風5号は、同市内のスポーツ施設を浸水させ、警戒水位を2メートルも上回る豪雨をもたらしました。その後、太平洋にぬけた後も、折からの台風による暴風雨の影響で、新潟県南魚沼郡の魚野川15箇所で堤防が決壊し、周辺地区では甚大な洪水被害をもたらしました。
被害状況は、千曲川流域で、床上・床下浸水228棟、農地浸水105ha、宅地浸水3ha、一般資産等の被害金額は約4億円。信濃川流域は床上・床下浸水186棟、農地浸水782ha、宅地浸水202ha、一般資産等の被害金額は約3億4千万円。
平成10年 梅雨前線
平成10年、8月3日夜遅くから前線は活発化し、翌4日明け方から朝にかけて佐渡・下越地方に雷をともなった強い雨が降りました。この雨は、1時間100mm前後の記録的な雨量で、さらに前線がほとんど動きを止めたため、両津市と新潟市にかけて、激しい雨をもたらしました。それは同時に新潟の局地的な集中豪雨を意味するものでした。信濃川下流付近の観測所では、1時間雨量、3時間雨量、日降雨量、総雨量、の各水量が過去最大値を記録しました。これは新潟地方気象台観測史上113年間始まって以来の歴史的降雨量でした。
この異常な状態の原因は、オホーツク高気圧の勢力が例年に比べて強く、太平洋高気圧の張り出しが弱かった為に梅雨前線が日本海から北陸地方付近に長時間停滞してしまったことと、台湾付近にあった台風から湿った空気が補給され、梅雨前線付近で積乱雲が発生し、新潟地方へと進んだことが原因と考えられています。
平成7年 梅雨前線
平成7年、7月11日、日本海沿岸に北上してきた梅雨前線に、温暖流が太平洋高気圧を巻き込んで流入し、さらに日本海北部の上空には寒気を伴った低気圧が接近。そのことによって信濃川や千曲川流域では12日昼過ぎまで雷を伴った強い雨が降り続き、同区域内で河岸洗堀等が多発、堤防決壊などに拠り、豊野町、信濃町に甚大な洪水被害をもたらしました。
被害状況は、信濃川地区で、床上・床下浸水414棟、農地冠水514ha、宅地冠水40ha、一般資産等の被害金額は約13億円。千曲川地区で床上・床下浸水301棟、農地冠水418ha、一般資産等の被害金額は、約30億円。
昭和60年 台風6号
昭和60年、5月の末頃、本州の東海上に停滞していた梅雨前線へ台風6号が北上してきました。29日には小康状態だった雨は、台風の接近と共に、夜になってその雨量を増やし続けました。6月1日3時ごろ、静岡県沼津付近に上陸しました。梅雨前線の長雨の影響で堤防が飽和状態のところに、台風6号が上陸した為、千曲川・犀川は川岸の洗掘と引き水により、甚大な洪水被害が発生しました。台風は、朝9時には仙台付近に進んで、そのまま北上し、2日にはオホーツク海に達しました。
同区域内の被害状況は、床上・床下浸水1217棟、農地浸水1609ha、一般資産の被害額は約11億円でした。
昭和58年 台風10号
昭和58年9月27日、大型で強い台風10号が九州に接近しました。併せて秋雨前線が本州南岸に停滞しており、台風からの暖湿気流が流れ込んでその活動は活発化しました。翌28日には長崎県長崎市付近に上陸し、温帯低気圧に変化した後、時速100キロを超えるスピードで東進し、千曲川、犀川流域に27日、28日と2日間にわたり記録的な降雨をもたらしました。29日には去って、天気は回復しましたが、依然と河川の氾濫は続き、同区域に多大な洪水被害の爪あとを残しました。
被害状況は、飯山市で浸水面積660ha、床上浸水を含む浸水家屋は約600棟。被害総額は推定56億円でした。幸いにも、前日から同市の避難命令を受けていた付近住民の多くは、事前に避難していた為、人名被害はありませんでした。
昭和57年 台風18号
台風の当たり年となった昭和57年には、4個の台風が日本に上陸しました。
9月6日にグアム島付近で発生した台風18号は、11日から北上し、9日から秋雨前線の影響で降り続いていた雨を一層激しいものに変化させました。12日の18時頃に御前崎付近に上陸して、翌日にかけて日本列島を横断して13日の9時には温帯低気圧となりました。
この台風がもたらした洪水被害は甚大で、千曲川流域では水防団の努力も空しく、下流部で1箇所、上流部で2箇所の堤防がほぼ同時に破堤しました。床上・床下浸水はあわせて6219棟、農地浸水は2489ha、一般資産等の被害額は約100億円を超しました。
昭和56年 台風15号
8月22日、台風15号は、八丈島の南西に達しました。同時期に日本海の前線が南下したのをうけ、東部は朝から雨になりました。加速しながら北上した台風は、23日に館山に上陸。関東北部を横断した後、夜半に間宮海峡から去っていきました。
この台風の出水は、昭和34年以来の大手水となり、戦後4位の記録を残しました。
千曲川流域において多大な被害をもたらしたこの台風。被害状況は、同流域内だけでも死亡者は11名、家屋の全半壊、浸水は約9000棟、一般資産等の被害額は約58億円に達しました。また、小千谷市では信濃川が増水し、中州に取り残された人を救出しようとした消防士2名がその命をおとしました。
2005年10月01日
昭和53年 秋雨前線
本州の南にあった梅雨前線は、25日再び本州付近まで北上して全域に雨を降らせました。26日には日本海から東北に北上した為一旦は回復しましたが、翌27日に日本海に低気圧が進んできたことや前線が再度徐々に南下し始めたことから、各地で強い雨と災害が発生しました。
既住最高流量を記録したこの雨は、五十嵐川、西川、能代川などの多くの河川で被害が生じ、信濃川の本川で総勢2000名余りもの水防団が出動しました。
昭和44年 集中豪雨
8月8日から9日にかけては魚野川から千曲川にかけて、8月10日未明から信濃川流域へ集中的に100mmを超す雨が降り、各地で水位が上がりました。
さらに12日には再び前線が北上し、魚野川下流域に集中豪雨があり、各地で溢水被害、破堤が相次ぎました。
信濃川下流地区の被害は深刻で、12日早朝に高柳川の堤防決壊にはじまって、午前9時ごろに全てが終わってみると、死者4名、流失家屋12戸、流失倒壊家屋12戸、半壊8戸、床上浸水342世帯、床下浸水194戸、橋梁流失破壊11ケ所、田の冠水149ha(全体の45%)、畑57ha(48%)、山林の崩壊450ha(15%)になりました。
昭和42年 秋雨前線
昭和42年8月26日、夜半から27日にかけて五十嵐川、刈谷田川流域の山間部で豪雨に見舞われ、地表の透能力が緩和状態に陥りました。また短期間に集中した豪雨はいわゆる鉄砲水を引き起こし、川の水位が急激に上昇して、洪水をひきおこしました。
中でも、加茂川とその支流が氾濫して、七谷地区の各個所で道路が寸断されるほどの大洪水となりました。
黒水・狭口間では約300m決壊して、交通機関が完全に麻痺しました。
被害状況は床上・床下浸水16235棟 農地冠水19229ha 宅地冠水22365ha 。
一般資産等の被害額は約47億5千万円。
昭和39年 台風5号
昭和39年、7月2日夜半から13日の長期間、活発化した梅雨前線の影響で、新潟県全般に豪雨が降り続きました。
7月6日に南下した梅雨前線は、新潟県南部に豪雨をもたらし、7日には前線は発達しながら上信越から能登半島へのびる位置に停滞。台風5号の影響による雨が降り始め、下越と福島地方にも雨域を形成させ、金沢や富山にも強い雨がふりました。さらにその翌日、温帯低気圧の北陸接近により、前線が刺激されて北陸地方一帯にも豪雨をもたらしてしまいました。
被害状況は床下・床上浸水6516棟 農地冠水8500ha 宅地冠水1353ha
一般資産等の被害は約15億6千万円に昇りました。
注意事項
台風来襲時には以下のことに注意しましょう。
○ 台風時の雨で増水した河川・側溝・マンホールに転落し、思わぬ事故を引き起すことがあります。
台風来襲時にはこれらの場所には接近しないよう、注意しましょう。
○ 台風時には強風が吹き荒れた後、急に静寂が訪れることがあります。しかし、ここで警戒の目を緩めるのは早計です。台風の場合、一定の時間をおいて再び強風が来襲することがあります。台風が完全に通り過ぎるまで、屋内で待ちましょう。
○ 台風の強風によって、思わぬ飛来物に接触し、大きな事故に繋がることがあります。やむ終えず外出を余儀なくされる時はヘルメットや安全帽をかぶり、頭を保護しましょう。
○ 強風によって引き起されるフェーン現象による火災が発生しやすくなります。火の元に充分な警戒を払いましょう。
投稿者 ootsuka : 15:58 | コメント (0)
被害対策
日本各地の台風やそれにともなう被害は深刻なものです。台風被害から回避する為に、行政ではどのような対策がとられているのでしょうか。
例えば各地域に設けてある遊水地は、そこに増水した水を集めることによって、住宅地域、またはその他の土地の洪水・浸水を防ぐためのものです。
また、事前に入手できるハザードマップなど情報の発信も各行政機関で実行しています。
上記のように身近なところで情報を発信していますので、行政だけに頼らず、私達も様々な方向から情報を収集することが大切な対策となります。災害情報に基づく、適切な対応や避難、または人命救助や避難誘導も被害の抑制や減少に直結します。
あわせて、近隣の方の過去の経験という貴重な情報を収集し、断絶することなく伝承することが今後の防災対策として重要な課題といえるでしょう。
台風のメリット
防災対策として、(あまりの被害の深刻さから)実際に「ハリケーンをなくそう」と言う観点で、実験が行われたことがあります。結局、実験の効果があることを厳密に確認することはできませんでしたが、では本当に台風が日本に上陸することがなかったらどうなるのでしょうか。
沖縄の離島などでは、台風にともなう降雨が不可欠な水資源になっています。また、日本各地の地域でも、台風による大量の雨は水源やダムを潤し、水不足を解消する恵の雨になります。また、強い風や雨で海水をかき混ぜ、南の海の生態系を維持している側面もあります。
よって、台風にも様々なメリットが存在しているのです。
台風被害
台風が上陸、接近すると、大雨による洪水、浸水が発生します。また、台風が上陸しなくても、季節によっては、秋雨前線や、梅雨前線を日本の近くにいる台風が刺激して大雨、洪水、また橋などの流失、土砂崩れ、家屋での浸水、土砂崩れや地すべりなどの被害が発生します。それによって、人的災害に移行していく例が少なくありません。あわせて、日本海側の各地ではフェーン現象が発生しやすく、急激な気圧上昇に伴い雪崩れなどもおきやすいのです。
わが国には毎年、3個くらの台風が上陸するのが普通ですが、2004年に10個の台風が上陸して、新記録を更新しました。
2005年09月30日
台風の名前
発生した順に1号、2号と名前を付けていきますが、正式には西暦年の下2桁と組み合わせて表記します。しかしながら、4桁では同じ番号が重複することもあるため、西暦年の下4桁と、発生順の2桁を組み合わせた6桁で呼んでいるところもあります。また、特に災害の大きかった台風には、伊勢湾台風のように、上陸地点などの名前を付けて呼ぶこともあります。
アメリカ軍占領下では女性名がつけられていましたが、自治が回復するに連れ、自然ともとの数字番号方式に戻されていきました。
2000年からは、アメリカとアジア各国で構成された台風委員会が国際的な呼び名を定めて、国外では広く使用されていますが、依然として国内では番号による呼び名が一般的です。
昭和36年 台風10号
中ノ口川富月橋付近の水防作業中、土嚢が無くなり、やむなく米俵で水を防いだことで話題になったこの水害ですが、昭和36年8月5日の午後3時ごろから降り始めた雨は台風10号が原因でした。
同日の午後1時ごろには激しい豪雨となって